シード期にJ-KISSで資金調達をしたあと、登記はどうすればよいのでしょうか? 契約書を交わしてお金が振り込まれると、つい一段落した気持ちになりますが、J-KISSは法律上「新株予約権」なので、発行日(割当日)から2週間以内に新株予約権の発行登記を申請しなければなりません。登録免許税は申請1件につき9万円で、投資家の名前は登記されません。本ブログでは、J-KISSを発行したときの登記と、転換されたときの登記について、わかりやすく説明します。
J-KISSとは
J-KISSとは、Coral Capital(旧500 Startups Japan)が公開している、シード期の資金調達に使う新株予約権の雛形です。投資家はまずお金を払って新株予約権を受け取り、発行要項で定めた条件を満たす次の資金調達(シリーズAなど)のときに優先株式へ転換します。「今すぐ株価を決めなくていい」のが最大の特徴で、契約書の交渉が少なく済むため、シード期のスタートアップで広く使われています。
J-KISSで登記が必要になる理由
J-KISSは「コンバーティブル・エクイティ」(あとで株式に転換されることを前提にした投資手法の総称)と呼ばれますが、会社法上の性質は有償の新株予約権です。
新株予約権を発行すると、その内容は登記事項になります(会社法911条3項12号)。登記事項に変更が生じたときは、変更の日から2週間以内に変更登記を申請しなければなりません(会社法915条1項)。
つまり「J-KISSの発行=新株予約権の発行=登記事項の変更」という流れで、登記が必要になります。契約書を交わしてお金が振り込まれただけでは終わりません。
登記される内容・されない内容
登記簿に載るのは、新株予約権の「条件」です。投資家が誰かは載りません。
登記されるのは、新株予約権の数、目的となる株式の種類と数(またはその算定方法)、行使に際して出資される財産の価額(J-KISSでは1個あたり1円といった少額に定めるのが通例です)、行使期間、取得条項(M&Aのときに会社が取得できる旨など)、そして払込金額(またはその算定方法)です。なお、発行要項に定めた「行使の条件」そのものは、独立した登記事項ではありません。ただ、J-KISSで転換価額を決める算定式は「目的となる株式の数の算定方法」として登記されるので、株式数の計算に必要な条件は登記簿に現れます。
反対に、投資家の氏名や名称は登記されません。投資契約書に書かれている情報請求権や優先引受権といった約束ごとも、登記簿には出てきません。交渉の経緯そのものももちろん載りませんが、バリュエーションキャップ(転換価額の計算に使う企業価値の上限)やディスカウント(次回調達時の株価に対する割引率)は株式数の算定方法に組み込まれているため、合意した設定値は登記簿に現れます。
さらに、新株予約権の数と払込金額も登記されるので、掛け算をすればおおよその調達総額は登記簿から読み取れます。「調達額を完全に伏せたい」というご相談をときどき受けますが、登記簿からある程度は分かってしまう、というのが正直なところです。
期限と登録免許税
| 項目 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 登記の期限 | 発行日(割当日)から2週間以内 | 会社法915条1項 |
| 登録免許税 | 9万円(申請1件につき) | 登録免許税法別表第一24号(1)ヌ |
| 期限を過ぎた場合 | 登記自体はできるが、100万円以下の過料の対象になりうる | 会社法976条1号 |
登録免許税は「申請1件につき9万円」です。課税の単位は発行日ではなく申請の件数なので、複数の投資家から同じ日に発行した場合はもちろん、発行日が異なっていても、複数回の発行を1件の申請にまとめれば9万円で済みます。
J-KISSは投資家ごとにクロージング日がずれることが多いのですが、発行のたびに別々に申請すると、3回なら登録免許税だけで27万円です。まとめて申請する場合も、それぞれの発行について2週間の登記期限は守らなければならないので、最初の割当日から2週間以内にすべての発行を終えて申請できるよう、クロージング日を近づけておく設計が無駄がありません。ここは投資家との調整が要るので、契約書を作る段階で意識しておくのがおすすめです。
必要になる書類(非公開会社の場合)
- 株主総会議事録(募集事項を決める特別決議。会社法238条2項、309条2項6号)
- 株主リスト(商業登記規則61条3項)
- 新株予約権の引受けの申込みを証する書面、または総数引受契約書
- 払込があったことを証する書面(払込期日を割当日以前と定めた場合)
- 委任状(司法書士に依頼する場合)
J-KISSでは投資契約書が総数引受契約書を兼ねる形が一般的です。目的となる株式が譲渡制限株式である場合、総数引受契約は株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の承認が必要で、その議事録も添付します(会社法244条3項)。また、契約書の記載が会社法の「募集事項」と一致していないと登記が通らないので、雛形をカスタマイズしたときは特に注意が必要です。
転換(行使)されたときの登記
次の資金調達でJ-KISSが転換されると、投資家は新株予約権を行使して優先株式を受け取ります。このときも登記が必要です。以下は、この行使による転換を前提に説明します。発行要項の取得条項にもとづいて会社が新株予約権を取得し、その対価として株式を交付する場合は、会社が取得した新株予約権が自己新株予約権として残るため、消却するかどうかも含めて、登記事項と期限を別に確認することになります。
転換で動く登記事項は3つあります。優先株式が増えるので「発行済株式の総数」と「発行済各種の株式の数」が変わり、出資が資本に組み入れられるので「資本金の額」が増え、行使された分だけ「新株予約権の数」が減ります。
新株予約権の行使による変更登記は、通常の2週間ルールとは別に「毎月末日から2週間以内」にまとめて申請できる特則があります(会社法915条3項1号)。この特則は行使による変更のためのもので、定款変更や募集株式の発行による変更の登記期限を延ばすものではありません。
転換時の登録免許税は、資本金の増加分に対して増加額の1,000分の7(3万円に満たないときは3万円。登録免許税法別表第一24号(1)ニ)です。行使に伴って減る新株予約権の数の変更に、同号(1)ツの3万円が加算されることはありません。ただし、次に説明する種類株式の内容や発行可能種類株式総数を新たに定め、その変更登記も同時に申請する場合は、そちらに別途3万円(同号(1)ツ)がかかります。
もうひとつ大事なのが、転換先の優先株式です。転換先となる優先株式の内容が定款に定められていない会社は、転換に先立って定款を変更し、種類株式の内容と発行可能種類株式総数を定めておく必要があります(会社法108条2項)。この定款変更には株主総会の特別決議が要ります(会社法466条、309条2項11号)。変更した内容は登記事項ですが(会社法911条3項7号)、その登記が完了していることが転換の要件になるわけではありません。定款変更、新たな投資家への優先株式の発行、J-KISSの行使に伴う変更は、それぞれの登記期限を守れる日程であれば、まとめて申請できます。株主総会で決めるのは定款変更と募集株式の発行で、J-KISSの転換自体は新株予約権者の行使によって進むので、それぞれの効力発生日を整理して登記期限に合わせます。
よくある質問
司法書士からひと言
J-KISSは「契約が簡単だから登記も簡単」と思われがちですが、登記の側から見ると、株式数の算定方法や取得条項の書きぶりが会社ごとに微妙に違っていて、そのまま登記できないことがあります。雛形どおりに使っていれば問題は少ないのですが、投資家側の要望でカスタマイズされた条項が入ると、登記できる表現に直す作業が必要になります。
調達が決まったら、契約書を締結する前の段階で一度登記の目線からチェックしておく。契約締結前に確認しておけば、登記に必要な記載の不足や不整合を早い段階で見つけて、修正を協議できます。登記まで見据えた契約書づくりを、投資家との交渉と並行して進めることをおすすめします。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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