取締役を辞めたはずなのに、何年経っても登記簿に名前が載ったままだった、というご相談を受けることがあります。逆に、辞めてもらった役員の退任登記を、うっかりそのままにしてしまっている会社側からのご相談も少なくありません。辞任の効力自体は、会社に意思表示が届いた時点ですでに生じており、登記をしているかどうかで左右されるものではありません(民法97条1項)。とはいえ、登記が残っていることによる不利益がまったくないわけでもありません。本ブログでは、辞めたのに登記が残っている状態について、会社側と本人側、それぞれがやるべきことをわかりやすく説明します。
辞任の効力と登記の関係とは
辞任の効力は、原則として、辞任の意思表示が会社に到達した時点で生じます。これは民法の到達主義の原則によるものです(民法97条1項)。ただし、辞任届で「○年○月○日をもって辞任する」と将来の日を指定している場合は、その日が効力発生日になります。取締役の地位は会社との委任契約にもとづくもので、辞任は取締役から会社に対する一方的な意思表示です。意思表示が会社の代表者に届けば、その時点で委任関係は終了し、登記の申請や完了を待つ必要はありません。
登記は、この効力発生をあとから公示するための手続きにすぎず、効力発生の要件ではありません。役員変更登記には申請期限があり、変更の日から2週間以内に申請しなければなりませんが(会社法915条1項)、この期限や起算日の数え方については「役員変更登記の期限はいつまで?」で詳しく説明していますので、本記事では触れません。ここで押さえていただきたいのは、登記が遅れていても、辞任という事実そのものは揺らがないという点です。
登記が残っていることの不利益
効力自体は生じているとはいえ、登記が実態と合っていない状態を放置してよいわけではありません。故意または過失によって不実の事項を登記した場合、その登記をした者は、登記が事実と異なることを善意の第三者に対抗できないと定められています(会社法908条2項)。辞任後も自分が取締役として登記されたままであることを知りながら、是正を求めるなどの措置を取らずに放置していた、といった事情があると、不実登記に関する規定(会社法908条2項)が類推適用され、辞任した事実を善意の第三者に対抗できない結果として、取締役としての責任を問われる場面が生じうるとする考え方もあります。単に登記が残っているだけ、申請に応じてもらえないだけで責任が生じるわけではありません。
もっとも、これは事案ごとの評価が大きく分かれる領域です。登記が残っていることだけで直ちに責任が生じるとは限らず、会社への関与の程度や辞任後の経緯によって結論は変わります。ご自身のケースで責任を負う可能性があるかどうかは、弁護士に相談して個別に判断してもらうのが確実です。
なぜ登記できないのか
辞任届は出ているのに登記がされていない場合、背景にはいくつかの典型パターンがあります。
1つ目は、会社が単に手続きを忘れている、または後回しにしているケースです。担当者の交代や多忙が重なり、辞任届を受け取ったところで手続きが止まっていることは珍しくありません。
2つ目は、法律や定款で定めた役員の人数を辞任によって下回ってしまうケースです。この場合、辞任した役員は、後任が就任するまで(後任が決まるまで、ではありません)役員としての権利義務を持ち続けると定められており(会社法346条1項)、後任が決まるまでは退任の登記そのものができません(最判昭和43年12月24日民集22巻13号3334頁)。会社が怠けているのではなく、法律上、登記したくてもできない状態にあるということです。
3つ目は、会社との間に何らかの対立や紛争があり、協力が得られないケースです。辞任の経緯にトラブルが絡んでいると、会社側が意図的に手続きを進めないこともあります。
会社がやること
自社の役員に辞任した人がいるのに登記が止まっている場合、会社側は次の順番で確認するとよいでしょう。
- 辞任届が実際に会社に到達しているか、日付とあわせて確認する
- 辞任によって法律・定款上の役員の員数を下回っていないか、後任の選任が必要かを判断する
- 後任が必要な場合は、株主総会を開いて選任する
- 変更の日から2週間以内に、退任(および必要な就任)の登記を申請する
後任の選任が絡む場合、株主総会の招集から開催まで一定の日数がかかります。辞任の連絡を受けたら、期限を意識して早めに動き出すことが、結果的に会社を守ることにつながります。
本人ができること
会社に辞任届を出したのに、いつまでも登記が変わらない場合、本人としてまずできるのは、会社に対して速やかな登記手続きを申し入れることです。口頭やメールでの申し入れでも構いませんが、記録が残る内容証明郵便などを使うと、後日の証明がしやすくなります。
それでも会社が応じない場合の対応は、事案によって選択肢が分かれます。会社が退任登記手続きに応じない場合、訴訟を提起して勝訴判決が確定すれば、その判決をもって本人が単独で登記を申請できるとする通達(昭和30年6月15日民事甲第1249号民事局長回答)があります。なお、その場合の請求の趣旨は、以下の通りです。
わたしが担当したケースでは、この判決による登記の場合には、前述した法律・定款上の役員の員数を下回る場合でも、登記申請が受理されたケースがあります。ただし、これについては、法務局により見解が異なる可能性もありますので、事前に法務局に照会することをオススメいたします。
【請求の趣旨】
被告は、原告が令和〇年〇月○日の被告の取締役を辞任した旨の変更登記手続をせよ。
仮に、勝訴判決を得て判決による辞任の登記を申請したものの、法律・定款上の役員の員数を下回ることから登記申請が却下されることとなった場合には、退任した取締役は、一時役員の選任(会社法346条2項)を申し立てることができ、裁判所による一時役員の選任を経て、退任の登記申請をすることができます。なお、一時役員の選任の登記については、裁判所書記官の嘱託により行われます(会社法937条1項2号)。
なお、一時取締役については、後任者が選任されない限りは取締役として残り(346条1項)。後任役員が就任した場合に初めてその登記が職権で抹消されることになります(商業登記規則68条1項)。よって、一時取締役の選任申立の際には、後任の取締役候補者の選任予定も申立時にあわせて見通しを求められる(欠員解消に要する期間の見込み及びから一時取締役への報酬及び予納金の額も変動する可能性があるため)と考えられます。
いずれの対応を取るにしても、辞任届のコピーと、それが会社に届いたことがわかるもの(内容証明郵便の控えや、送信履歴の残るメールなど)は必ず手元に残しておいてください。あとから効力発生の日を証明する際の、いちばん確実な材料になります。
よくある質問
司法書士からひと言
辞任の効力は登記を待たずに生じている、という説明をすると、ほっとされる本人の方と、拍子抜けされる会社側の担当者と、反応が分かれます。ただ、効力が生じていることと、登記が実態を反映していない状態を放置してよいことは別の話です。会社にとっても本人にとっても、登記が実態と合っていない期間はできるだけ短いほうが安心です。辞任の申し入れをしたのに登記が動かない、あるいは退任させたはずの役員の登記を後回しにしている、といった状況にお気づきの際は、早めにご相談ください。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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