第三者割当増資で投資家との契約書を交わすとき、「総数引受契約書」と「申込証」のどちらを用意すればよいのか、あるいは投資契約書をそのまま使い回せるのか、迷うことはないでしょうか? 結論から言うと、投資家全員との間で総数引受契約(会社法205条)を締結すれば、本来必要な申込証や割当通知の手続きは不要になります。そして投資契約書は、募集事項の記載と一致していれば総数引受契約書として使うことができます。本ブログでは、総数引受契約による省略のしくみと、投資契約書を代用するときの注意点について、わかりやすく説明します。
総数引受契約とは
総数引受契約とは、募集株式の総数を一人または複数の引受人が一括して引き受ける契約のことです(会社法205条1項)。会社が募集株式を発行するときは、本来、引受人になろうとする者からの「申込み」を受けて、会社が「割当て」を決定するという2段階の手続きを踏みます(会社法203条・204条)。ところが総数引受契約を締結する場合には、この申込み・割当ての規定は適用されません(会社法205条1項)。投資家との交渉がまとまっていて、引受人と引き受ける株式数があらかじめ確定しているときは、契約書を1本結ぶだけで手続きが完結するわけです。
申込み+割当ての原則的な流れ
通常の第三者割当増資では、まず会社が募集事項(会社法199条1項)を決定したうえで、引受けの申込みをしようとする者に対して一定事項を通知します(会社法203条1項)。申込者は、氏名・住所と引き受けようとする株式の数を記載した書面、いわゆる申込証を会社に交付します(会社法203条2項)。これを受けて会社は、申込者の中から割当てを受ける者とその数を決定し(会社法204条1項)、払込期日の前日までに割当ての通知をします(会社法204条3項)。投資家が1社に絞られているケースでも、原則としてはこの申込み→割当ての2段階を踏むことになります。
総数引受契約と申込み・割当ての違い
総数引受契約を使うと、この申込証と割当通知の作成・やり取りが不要になります。契約書1本で「引受け」の意思表示と会社の「承諾」が同時に成立するイメージです。両者の違いを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 申込み+割当て(原則) | 総数引受契約 |
|---|---|---|
| 根拠条文 | 会社法203条・204条 | 会社法205条 |
| 必要な書類 | 申込証、割当通知 | 総数引受契約書のみ |
| 向いているケース | 引受人が複数・未確定な場合 | 引受人・株式数があらかじめ確定している場合 |
| 非公開会社での留意点 | 割当ての決定に株主総会(取締役会設置会社は取締役会)の決議が必要(会社法204条2項) | 契約の承認に株主総会(取締役会設置会社は取締役会)の決議が必要(会社法205条2項) |
非公開会社では総数引受契約にも承認決議が必要
総数引受契約を結べば申込み・割当ての手続きは省略できますが、承認決議まで省略できるわけではありません。募集株式が譲渡制限株式(非公開会社の株式)である場合は、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の決議によって、総数引受契約そのものの承認を受ける必要があります(会社法205条2項)。取締役会を置いていない会社では、募集事項の決定も総数引受契約の承認も株主総会の特別決議で行います(会社法309条2項5号)。取締役会設置会社では、募集事項の決定は株主総会の特別決議、総数引受契約の承認は別途取締役会での決議という2段構えになる点に注意が必要です。定款に別段の定めがあれば決議機関を変えることもできますが、実務で目にする機会は多くありません。
投資契約書を総数引受契約書として使うための要件
J-KISSや優先株式の第三者割当増資では、投資契約書がそのまま総数引受契約書を兼ねることがよくあります。ただし、どんな投資契約書でも代用できるわけではありません。総数引受契約書として機能するためには、まず会社と引受人全員との間で締結された契約であることが必要です。
次に、当事者、株式の種類と数、払込金額、払込期日など、株主総会(または取締役会)で決定した募集事項(会社法199条1項)と、契約書の記載が一致している必要があります。投資契約書には情報請求権や優先引受権といった投資家保護の条項も盛り込まれますが、登記の場面で見られているのは、あくまで募集事項に対応する部分だけです。契約書全体を登記申請の添付書類にする必要はなく、該当部分の記載が募集事項と食い違っていないかどうかが問われます。
実務でよくあるズレ
実務でしばしば見かけるのが、投資契約書に書かれた払込金額や株式数が、株主総会議事録の募集事項の記載とわずかにズレているケースです。株主総会では1株あたりの払込金額を確定額で決議しているのに投資契約書では算定式のまま残っていたり、発行する株式数が交渉の途中で変わったのに契約書側だけ更新されていなかったりというパターンは珍しくありません。登記申請では、株主総会議事録(または取締役会議事録)の募集事項と、総数引受契約書として提出する投資契約書の記載を突き合わせて審査されるため、ここがズレていると補正の対象になります。契約書を投資家と締結する前に、募集事項の決議内容と条文上一致させておく、というひと手間が、あとの登記をスムーズにする一番の近道です。
よくある質問
司法書士からひと言
総数引受契約書と申込証、どちらを使うかで悩まれる方は多いのですが、実務上は「投資家が確定しているなら総数引受契約」でほぼ答えが出ます。むしろ気をつけていただきたいのは、投資契約書を締結するタイミングです。株主総会で募集事項を決議したあとに契約書の細部を詰めていくと、決議内容と契約書がズレやすくなります。契約書のドラフトが固まった段階で、一度登記の目線でも募集事項との整合性を確認しておくと、クロージング後の補正対応に追われずに済みます。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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