本店を今と違う法務局の管轄エリアへ移すとき、登記の申請方法や費用は、同じ管轄内での移転とどう変わるのでしょうか? とりわけ印鑑まわりの手続きは以前と現在とで扱いが変わっており、古い情報のまま準備を進めてしまう方が少なくありません。
結論から言うと、管轄外への本店移転では旧本店を管轄する法務局を経由して新本店を管轄する法務局へ申請する「経由申請」が必要で、登録免許税は旧・新それぞれ3万円の合計6万円となることは変わりません。
しかし、印鑑届書の提出は2025年4月の改正で原則不要になったありました。一方、印鑑カードは、従前通り、新所在地の法務局で改めて交付を受ける必要があります。本ブログでは、管轄外への本店移転で準備するものを、印鑑届と印鑑カードの扱いを中心にわかりやすく説明します。
管轄外への本店移転とは
管轄外への本店移転とは、今の本店所在地を管轄する登記所(法務局)とは別の登記所が管轄するエリアへ、本店を移すことをいいます。大阪市内から神戸市内への移転のように、法務局の管轄をまたぐケースがこれにあたります。このとき新本店所在地における登記の申請は、旧本店所在地を管轄する登記所を経由してしなければならないと定められており(商業登記法51条1項)、旧所在地・新所在地それぞれへの申請は同時に行う必要があります(同条2項)。
実務ではこれを「経由申請」と呼びます。旧所在地の登記所は書類に不備がなければ申請書類一式を新所在地の登記所へ送付し、新所在地での登記が完了して初めて旧所在地でも移転の登記が完了する仕組みになっています。
印鑑届は必要か
かつて管轄外への本店移転をすると、新所在地を管轄する法務局へあらためて印鑑届書を提出し直す必要がありました。しかし商業登記規則の一部を改正する省令(令和7年法務省令第10号)が2025年4月21日に施行されたことで、この扱いが変わっています。旧所在地の登記所が保管していた会社の印鑑の記録が、本店移転の登記に合わせて新所在地の登記所へそのまま移送される仕組みになり、印鑑の提出があったものとみなされるため、新所在地への印鑑届書の提出は原則として不要になりました。よって、今まで必要であった、印鑑届出への個人実印の押印も不要となり、代表取締役の印鑑証明書も不要となりました。
なお、管轄外本店移転とともに、実印を変更したい場合は別で、本店移転の登記申請の前または同時に旧所在地の登記所へ改印届書を提出するか、登記完了後に新所在地の登記所へ改印届書を提出することになります。この扱いは株式会社に限らず、合同会社や一般社団法人・公益法人、外国会社などにも共通します。
印鑑カードはどうなるか
印鑑届書と違い、印鑑カードは移転前後で引き継がれません。旧所在地の法務局で交付を受けたカードは、管轄外への本店移転が完了すると使えなくなり、新所在地を管轄する法務局へあらためて印鑑カード交付申請書を提出する必要があります。交付申請の手数料はかからず、会社の実印(登記所に届け出ている印鑑)を押印し、窓口に行く方の本人確認書類を用意すれば手続きできます。
注意したいのは、本店移転の登記が完了してから申請する流れになるため、新しいカードが手元に届くまでのあいだ、新所在地の法務局で印鑑証明書を取得できない期間が生じることです。商号の変更登記のように本店所在地自体が変わらない手続きでは、今のカードがそのまま引き継がれます。管轄外への本店移転だけが例外的に、カードの切り替えが必要になると考えておくとよいでしょう。なお、管轄外本店移転によって、会社法人番号に変更はありません。
期限と費用
本店移転の登記は、移転の日から2週間以内に申請しなければなりません(会社法915条1項)。管轄内か管轄外かによって、申請先や費用、印鑑まわりの手続きは次のように変わります。
| 項目 | 管轄内移転 | 管轄外移転 |
|---|---|---|
| 申請先 | 本店を管轄する登記所1か所 | 旧本店を管轄する登記所を経由して新本店を管轄する登記所へ(経由申請) |
| 登録免許税 | 3万円(登録免許税法別表第一24号(1)ヲ) | 旧・新それぞれ3万円の合計6万円 |
| 印鑑届書 | 不要(引き続き同じ登記所) | 原則不要(2025年4月の改正後。印鑑記録が新所在地へ移送されるため) |
| 印鑑カード | そのまま使える | 新所在地の登記所であらためて交付申請が必要 |
期限を過ぎても登記自体はできますが、100万円以下の過料の対象になりうるため(会社法976条1号)、移転日が決まった時点で準備を始めておくと安心です。
必要になる書類
定款に本店所在地を「大阪市」のように最小行政区画までしか定めていない会社であれば、同じ市内での移転は定款変更が不要です。ただし法務局の管轄区域は市区町村の区域と必ずしも一致しないため、同じ市内でも管轄をまたぐことがあり、逆に定款変更が要らないのに管轄外移転になるケースもあります。株主総会議事録が必要かどうかは、定款の本店所在地の書きぶりと、実際に移転する先の管轄の両方を確認してから判断することになります。そのうえで、一般的に準備するものは次のとおりです。
- 株主総会議事録(定款に定めた本店所在地を変更する場合。特別決議。会社法466条、309条2項11号)
- 取締役の決定書または取締役会議事録(具体的な移転先の住所と移転日を決めたことを証する書面)
- 株主リスト(商業登記規則61条3項)
- 委任状(司法書士に依頼する場合)
- 登録免許税6万円分の収入印紙(旧・新それぞれ3万円分)
印鑑カード交付申請書は、登記の完了を待ってから新所在地の法務局へ提出するものなので、上のリストとは別のタイミングで準備が必要です。登記の申請書類がそろったら、あらかじめ交付申請書の書式も入手しておくと、登記完了後にすぐ動けます。
経由申請自体は、書類さえ揃えば会社が自分で申請することもできます。ただし旧・新2つの登記所をまたぐ分、登記すべき事項の記載や添付書類の整合性を取る作業が管轄内移転より複雑になりやすく、印鑑証明書が取得できない期間の見通しを立てる必要もあるため、司法書士に依頼される会社が多いのが実情です。
移転後にやること
登記が完了した後も、やることは残っています。税務署・都道府県税事務所・市区町村役場への異動届、年金事務所や労働基準監督署への変更届、金融機関や許認可先への住所変更の連絡などが必要になり、この領域は税理士・社会保険労務士の専門分野になるため、当事務所では登記と印鑑まわりの手続きまでを担当しています。
もうひとつ意識しておきたいのが、登記の申請中は登記事項証明書(謄本)や印鑑証明書が取得できなくなる期間があることです(詳しくは「会社の登記申請中にできなくなることとは?」をご覧ください)。管轄外への本店移転は旧・新2つの登記所を経由する分、この期間が長引きやすいので、証明書が必要なタイミングとぶつからないよう、早めに準備を始めることをおすすめします。
よくある質問
司法書士からひと言
管轄外への本店移転のご相談では、以前ネットで調べた「印鑑届を出し直す」という情報のまま準備を進めようとされる方に、ときどきお会いします。法律や運用のルールは数年単位で変わるので、以前は正しかった情報が今は変わっている、ということが実務では珍しくありません。今回のように印鑑届と印鑑カードの扱いが分かれた場面は特に混同しやすいので、移転のスケジュールを組む前に、現時点のルールを確認しておくことをおすすめします。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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