「会社を子どもに引き継ぐなら、遺言より家族信託のほうがよいのでしょうか?」と迷うことがあるかもしれません。どちらが優れているかを決める前に、亡くなった後の承継を決めたいのか、生きている間の株式の管理にも備えたいのかを整理することが大切です。
遺言と家族信託とは
遺言とは、自分が亡くなった後の財産の承継などについて、法律で定める方式に従って意思を残すものです。原則として、亡くなった時に効力が生じます(民法985条1項)。遺言を書いただけで、生前に子どもへ自社株が移ったり、株主としての判断を任せられたりするわけではありません。
家族信託は、家族を財産管理の担い手とする信託の一般的な呼び方です。財産を託す人を「委託者」、管理する人を「受託者」、利益を受ける人を「受益者」と呼び、信託の目的に従って特定の財産を管理・処分します(信託法2条)。
信託は契約だけでなく遺言によって設定する方法もあります(信託法3条)。ここでは、比較を分かりやすくするため、生前に家族との契約で始める信託と、遺言を比べます。
まず「いつの、何に備えるか」を考える
遺言が主に扱うのは死亡後の承継です。たとえば「自分が亡くなったら、後継者に自社株を渡したい」という希望を形にします。一方、生前に契約する信託では、対象財産について、誰が何のために管理するかをあらかじめ決めます。
| 比べる点 | 遺言 | 生前の契約による家族信託 |
|---|---|---|
| 主に考える場面 | 死亡後の財産の承継 | 対象財産の管理と、契約に応じた将来の承継 |
| 生前の財産管理 | 遺言だけでは任せられない | 定めた対象と権限の範囲で受託者が行う |
| 対象財産 | 遺言で処分する本人の財産 | 信託の対象として定めた財産 |
| 続けて必要な作業 | 事情の変化に応じた見直し | 契約後の管理、記録、報告など |
たとえば、社長が元気な間に経営を続け、死亡後に株式を渡す希望であれば、まず遺言で整理できる範囲を確認します。生前から株式の管理を他の人に任せたい事情があるなら、信託を含めて検討する余地があります。
制度名を選ぶ前でも、任せたい内容は言葉にできます。「私の生前から、株主総会への対応を長女に任せたい」「配当は私の生活費に使いたい」「私が亡くなった後は、株式を長女に渡したい」。これは契約条項ではなく、希望を伝えるための書き方です。
最初の希望は生前の権利行使、次は利益を受ける人、最後は死亡後の承継の話です。誰が判断し、誰が利益を受け取る形を望むのかを、制度を扱う専門家に伝えます。当事務所で遺言の文案を考える際にも、このうち死亡後に何を残したいのかが分かれば、遺言で扱う財産を具体的に検討できます。
自社株を信託すれば、後継者が自由に経営できるのか
株式の信託では、株主として権利を行使する立場と、配当などの利益を受ける立場を分ける設計が考えられます。ただし、受託者は何でも自由に決められるわけではありません。信託の目的や契約に従い、受益者のために忠実に事務を行う義務を負います(信託法29条・30条)。
たとえば、子どもを受託者、親を受益者とする場合でも、子ども自身の都合だけで株式を扱うことはできません。誰の利益を守る仕組みなのか、議決権をどのような方針で行使するのかが、会社の経営方針と関わってきます。
また、株式を管理する人が、そのまま取締役や代表取締役になるわけではありません。取締役の選任は株主総会の決議によるなど、会社法上の手続は別に必要です(会社法329条1項)。
契約を作る前に確認すること
自社株に譲渡制限があるときは、信託のための株式の移転について会社の承認が必要になるかを確認します。定款や株主名簿だけでなく、株主間の契約がある場合は、その内容も確認対象になります。
続けて考えたいのは、受託者を担う人が管理を続けられるかという点です。仕事を引き受ける意思、資料の管理方法、受託者自身が病気になった場合の引継ぎなどを、最初から話し合う必要があります。
信託に入れていない財産の扱いも残ります。自社株を信託しても、自宅や個人の預金、会社に対する貸付金まで自動的に同じ仕組みに入るわけではありません。遺言を併用する場合は、それぞれが対象とする財産と承継先を照合します。
遺留分や税金の問題も、信託という名前だけで解消できるものではありません。具体的な契約の適法性や家族間の権利関係は信託に詳しい専門家に、税務上の取扱いは顧問税理士の先生に確認してから設計を進めてください。
自分で整理してから、専門家と制度を選ぶ
最初の準備として、今すぐ制度を選ぶ必要はありません。自分が所有する株式の種類と数、将来任せたい人、任せたい時期を紙に書き出すことは、ご自身でできます。
次に、生前の管理を誰に任せたいか、財産から得られる利益を誰に残したいか、亡くなった後は誰に渡したいかを分けて考えます。同じ人にまとめたい場合もあれば、役割を分けたい場合もあるでしょう。
株式の管理を任せても、会社を代表して契約する人の問題は残ります。現在の役員と代表権のある人を登記事項証明書で調べ、定款も見ながら、後継者にどこまで任せたいかを考えます。
よくある質問
司法書士からひと言
当事務所では、遺言の文案や会社の定款・登記に関するご相談をお受けしています。遺言で自社株の行き先を決めたい方は、誰に残したいかをお聞かせください。家族信託を検討する場合は、具体的な設計を信託に詳しい専門家へご相談ください。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
ご依頼・相談受付
ご依頼は下記のフォームから受付けております。
お気軽にご連絡ください。
