「遺言は作ってあるので、会社の引継ぎは大丈夫」と考えていても、生前に判断が難しくなった場合の準備は別に必要です。遺言は原則として亡くなった時から効力が生じるため、それだけでは生きている間の経営判断や株主としての手続を代わってもらえません。
判断能力の低下と遺言の効力とは
遺言の効力とは、遺言に書いた財産の承継などが法律上の効果を持つことです。原則として死亡時に効力が生じると定められています(民法985条1項)。「長男に自社株を相続させる」と書いていても、社長が生存している間は、その遺言によって長男へ株式が移るわけではありません。
一方、認知症と診断されたことだけで、あらゆる法律行為ができなくなると決まるわけでもありません。法律行為をした時に意思能力がなければ、その行為は無効です(民法3条の2)。本人の状態と、行おうとする行為の内容を具体的に確認する必要があります。
遺言についても、作成する時点で必要な能力があることが求められます(民法963条)。本人の判断が難しくなってから家族が代わりに遺言を書くことはできません。
「社長の仕事」と「株主の判断」の両方を見る
オーナー社長は、会社を動かす取締役・代表取締役としての立場と、会社の株式を持つ株主としての立場を兼ねています。ここを分けて考えると、準備すべきことが見えやすくなります。
代表取締役としては、契約締結や資金調達など、会社を代表する判断があります。ほかの代表取締役や、適切な権限を持つ担当者が対応できる会社もありますが、社長だけに判断と権限を集めていると、新たな契約などが進めにくくなることがあります。
株主としては、取締役の選任など、株主総会で議決権を行使する場面があります(会社法329条1項)。社長が大部分の議決権を持っていると、ほかの株主だけでは必要な決議を成立させられない可能性があります。取締役を増やしても、株主の判断が必要な場面まで解消できるとは限りません。
家族や後継者が、自動的に社長の代わりになるわけではない
配偶者や子どもであっても、家族という理由だけで会社を代表したり、本人に代わって株主総会で議決権を行使したりできるわけではありません。会社の実印や通帳を預かっていることも、代表権の根拠にはなりません。
たとえば、長男が営業を引き継ぎ、従業員も長男を後継者と認めているという仮の例でも、契約を結ぶ権限まであるかは別に確認します。業務の引継ぎと、会社法上の権限の準備をそろえることが大切です。
代表取締役の選び方は、取締役会の有無や定款によって変わります(会社法349条・362条)。すでに判断が難しい状態なら、本人の署名や承諾を形式だけ整えて進めず、現在の株主構成と役員構成から取れる手続を確認してください。
元気なうちに確認したい会社の体制
最初に、社長が当面対応できないと仮定して、誰が契約や銀行対応を進められるかを確認します。日々の支払業務の担当者がいても、新しい借入れや重要な財産の処分には別の判断が必要になることがあります。
| 確認する場面 | 会社で見ておきたい資料 |
|---|---|
| 会社を代表して契約する | 登記事項証明書、定款、権限の定め |
| 後継者を取締役に選ぶ | 株主名簿、定款、役員の任期の記録 |
| 日々の支払いを続ける | 金融機関への届出、社内の承認手順 |
| 将来の株式の承継を考える | 株主名簿、遺言、株式に関する契約書 |
もうひとつ、直近の役員選任の議事録と定款を開いて、次の改選時期を見てください。たとえば後継者がすでに代表取締役でも、株式の大半は親が持ち続けている場合です。日々の契約は後継者が進められても、次に役員を選ぶ株主総会で、必要な議決権を誰が使えるかという問題が残ります。
「今日、会社を代表できる人がいるか」と「次の改選で役員を選べるか」は、時間を分けて考えます。任期が近ければ、本人が判断できるうちに検討する範囲も変わります。代表者を増やす場合も、それぞれが持つ権限と会社の管理方法を考えたうえで進めます。
株式の生前承継や定款の見直しを行う場合は、今の社長が何を決められる状態にしておきたいかも確認します。株式の評価や税負担は、顧問税理士の先生と一緒に検討したい部分です。
成年後見なども、役割を分けて考える
本人の判断能力が不十分な場合、成年後見制度によって財産管理などを支援する方法があります。任意後見は、判断能力が十分なうちに将来の代理人と事務の内容を契約で定め、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が生じる仕組みです。裁判所「成年後見制度の概要」
ただし、後見人が本人を支援することと、会社の代表者になることは別です。株主としての権利行使を検討できる場面があっても、本人の取締役の職務をそのまま代行する制度ではありません。
取締役が後見開始の審判を受けると、委任関係が終了し、いったん取締役を退任します(会社法330条、民法653条3号)。退任登記や後任の選任を確認する必要があります。ただし、成年被後見人が永久に取締役になれないという意味ではなく、改めて選任し、会社法331条の2の手続で就任することは可能です。
株式の管理について信託を検討する方法もありますが、対象財産と管理する人の権限を設計する必要があります。いずれの制度も名前だけで選ばず、本人の生活を支えることと会社の経営を続けることの両方から、適切な専門家に確認してください。
よくある質問
司法書士からひと言
遺言ができている方も、「今、自分が判断できなくなったら誰が会社を動かすのか」を一度考えてみてください。株主と取締役の両方が自分一人なら、まずその状態を前提に準備を考える必要があります。当事務所では、定款と役員構成の見直し、必要になる登記のご相談をお受けしています。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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