エンジェル投資家から出資を受けることが決まったとき、登記は何をどう変えることになるのでしょうか? 登記の目線で見ると受け方は2つに分かれ、普通株式の第三者割当なら「発行済株式の総数」と「資本金の額」が変わり、J-KISSのような新株予約権なら「新株予約権」の欄に発行した内容が新しく登記されます。期限はどちらも2週間以内ですが、登録免許税は株式が増加した資本金の額の1,000分の7(最低3万円)、新株予約権が申請1件につき9万円と計算のしかたが違います。本ブログでは、エンジェル投資を株式で受けた場合とJ-KISSで受けた場合の登記の違いについて、わかりやすく説明します。
エンジェル投資とは
エンジェル投資とは、創業して間もない会社に対して、個人の投資家が自己資金で出資することをいいます。1人あたりの金額は比較的小口で、複数のエンジェルから同じ時期に受けることも珍しくありません。会社法上は、株式を発行するなら募集株式の発行(会社法199条)、新株予約権を発行するなら募集新株予約権の発行(会社法238条)という手続きになり、エンジェル投資だからといって特別なルールがあるわけではありません。
登記の違いを見るうえでは、普通株式の第三者割当増資と、J-KISSに代表される新株予約権型の2つに分けると整理できます。前者は出資と引き換えに株式を渡すもっとも素直な形で、後者は今すぐ株価を決めずに、一定規模以上の資金調達など発行条件で定めた事由が起きたときに優先株式へ転換する形です。
ここでよく名前が挙がるのがANGELs(エンジェルズ)です。ANGELsは、エンジェルラウンドでの出資に合わせて作られた投資契約書の雛形と、その使い方を説明したガイダンスのセットで、弁護士・公認会計士・税理士・司法書士などの専門家が集まるBAMBOO INCUBATORがANGELsのページで無料で公開しています(私も開発メンバーの一人です)。普通株式の第三者割当増資を前提に、エンジェルラウンドで必要な条項に絞ったシンプルな内容になっていて、投資契約書がそのまま会社法上の総数引受契約を兼ねる形をとります。また、次のラウンドで株主全員の合意により普通株式の一部を優先株式に切り替える「みなし優先株式」として使うこともできます。登記の面では普通株式の第三者割当増資と同じ扱いになるので、この記事でも前者に含めて説明します。ANGELsの特徴や手続きの流れは「エンジェル投資の最適解!?ANGELsを利用したエクイティファイナンス」で詳しく解説しています。
① 普通株式で受ける
第三者割当増資。ANGELsもこちら
② 新株予約権で受ける
J-KISS型
株式と新株予約権で、登記のどこが変わるか
普通株式で受けた場合、登記簿で変わるのは「発行済株式の総数」と「資本金の額」の2か所です。エンジェルの氏名や住所、出資額そのもの、投資契約で約束した情報請求権などは登記事項ではないので、登記簿には現れません。誰が株主かは、会社が株主名簿で管理します。
新株予約権で受けた場合は、登記簿に「新株予約権」の欄が新しく加わり(会社法911条3項12号)、新株予約権の数、目的となる株式の種類と数(またはその算定方法)、行使に際して出資される財産の価額、行使期間、行使の条件、取得条項などが登記されます。J-KISSでは転換価額の算定式が「株式の数の算定方法」として載るので、バリュエーションキャップ(転換価額の計算に使う企業評価額の上限)やディスカウント(次回調達時の株価に対する割引率)といった合意内容は登記簿から読み取れます。一方で、この時点では発行済株式の総数も資本金の額も動きません。
つまり株式で受けると発行の時点で株式数と資本金が増え、新株予約権で受けると発行の時点では権利の内容だけが登記され、転換によって株式数と資本金が増えるという違いになります。この違いが、費用、その後の会社運営、エンジェル税制の3つの場面で効いてきます。
普通株式
発行済株式の総数・資本金の額が増える
新株予約権(J-KISS型)
「新株予約権」の欄が加わる
株式数・資本金はまだ動かない
発行済株式の総数・資本金の額が増える
期限と登録免許税
| 項目 | 普通株式(第三者割当) | 新株予約権(J-KISS型) |
|---|---|---|
| 変わる登記事項 | 発行済株式の総数・資本金の額 | 新株予約権の内容(会社法911条3項12号) |
| 登記の期限 | 払込期日から2週間以内(会社法915条1項)。払込期間を定めたときはその末日から2週間以内(同条2項) | 割当日から2週間以内(会社法915条1項) |
| 登録免許税 | 増加した資本金の額×1,000分の7。3万円に満たないときは3万円(登録免許税法別表第一24号(1)ニ) | 申請1件につき9万円(同24号(1)ヌ) |
| 300万円を調達した場合 | 3万円 | 9万円 |
数百万円規模のエンジェル投資では、登録免許税は株式のほうが安くなります。増加する資本金が約428万円までなら最低額の3万円で収まり、払込金額の半分を資本準備金に回す一般的な組み方(会社法445条2項・3項)なら、調達額が約857万円までは3万円のままです。新株予約権は金額にかかわらず9万円です。
| 調達額 | 株式(全額を資本金に) | 株式(半分を資本準備金に) | 新株予約権(J-KISS型) |
|---|---|---|---|
| 100万円 | 3万円 | 3万円 | 9万円 |
| 300万円 | 3万円 | 3万円 | 9万円 |
| 500万円 | 3万5,000円 | 3万円 | 9万円 |
| 1,000万円 | 7万円 | 3万5,000円 | 9万円 |
ただし新株予約権は、転換のときにもう一度、増加する資本金に対する登録免許税がかかります。J-KISS型の費用は「発行時の9万円+転換時の3万円以上」と2段階で見ておくのが正確です(転換時の登記は「J-KISSで資金調達したら登記は必要?」で説明しています)。
株式で受けると、その後の運営が変わる
登録免許税だけを見れば株式が有利ですが、株式で受けるということは、その時点で株主が増えるということです。株主が増えると、株主総会の招集通知や書面決議(会社法319条1項)で同意を集める相手が増え、株主総会の決議を要する登記に添付する株主リスト(商業登記規則61条3項)も、出資後の議決権の構成で作り直すことになります。エンジェルが5人いれば、シリーズAの前に株主が5人増えた状態で、優先株式のための定款変更(特別決議。会社法466条、309条2項11号)を通すことになります。
ANGELsのように「みなし優先株式」の条項を置く場合は、次のラウンドで普通株式を優先株式に切り替える約束をしているので、そのときに定款変更と株式の内容を変える登記が別途必要になります。新株予約権型なら転換されるまで株主は増えず、転換先も最初から優先株式として設計できるので、この手間は後ろに回せます。どちらが良いかは金額と人数、次のラウンドまでの見通しで変わるので、契約の形を決める段階で登記まで含めて設計しておくのがおすすめです。
| 項目 | 普通株式で受ける | 新株予約権で受ける |
|---|---|---|
| 株主が増える時点 | 出資したとき | 優先株式に転換したとき |
| 株主総会・書面決議で同意を集める相手 | 出資後すぐ、エンジェルの人数分増える | 転換までは増えない |
| 株主リスト | 出資後の議決権の構成で作り直す | 転換までは影響しない |
| 次のラウンドの優先株式 | 増えた株主を含めて定款変更(特別決議)を通す。みなし優先株式なら株式の内容を変える登記も別途必要 | 転換先を最初から優先株式として設計できる |
エンジェル税制を使う投資家がいるとき
エンジェル税制は、一定の要件を満たすスタートアップに個人が出資したときに、投資家の所得税が優遇される制度です。登記との関係で押さえておきたいのは、会社が都道府県に確認申請をするときに登記事項証明書などを添えるため、増資の登記が完了していないと手続きに進めないという点です。投資家の確定申告に間に合うよう、登記のスケジュールは早めに組んでおきましょう。
増資の登記を申請し、完了させる
登記事項証明書などを取得する
会社が都道府県に確認申請をする
都道府県から確認書が交付される
投資家が確認書を添えて確定申告をする
1の登記が遅れると、2〜5がすべて後ろにずれます。確定申告の時期から逆算して、登記の日程を決めておきます。
株式で受けるか新株予約権で受けるかによって、制度を使える年や対象になる金額が変わります。要件は年度ごとに見直されるので、適用できるかどうかは税理士か都道府県の窓口で確認してください。当事務所では、登記の時期や、株式と新株予約権で登記がどう違うかといった登記の面からお手伝いしています。
必要になる書類(普通株式で受ける場合・非公開会社)
- 株主総会議事録(募集事項の決定は特別決議。会社法199条2項、309条2項5号。総数引受契約の承認も同じ議事録に含めるのが一般的です。同205条2項)
- 株主リスト(商業登記規則61条3項)
- 総数引受契約書または引受けの申込みを証する書面(投資契約書を兼ねる形が一般的)
- 払込みがあったことを証する書面(通帳の写しなど)
- 資本金の額の計上に関する証明書
- 委任状(司法書士に依頼する場合)
新株予約権で受ける場合は、株主総会で決める内容が募集新株予約権の募集事項(会社法238条2項、309条2項6号)になり、総数引受契約の承認の根拠も会社法244条3項に変わります。細かな違いは「第三者割当増資の登記に必要な書類一覧」と「J-KISSで資金調達したら登記は必要?」をご覧ください。
よくある質問
司法書士からひと言
エンジェル投資のご相談で多いのは、「投資家はJ-KISSを希望しているが、金額が小さいので株式のほうが安く済むのでは」というものです。登録免許税だけならそのとおりなのですが、株主が増えることの影響や、エンジェル税制を使うタイミング、次のラウンドで優先株式に切り替える手間まで並べると、答えは会社ごとに変わります。登記と費用の全体像を先に知っておけば、それが投資家との交渉の材料になります。形を決める前の段階で、お気軽にご相談ください。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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