遺言で次の社長を指名できる? 遺言でできること・できないこと

遺言で次の社長を指名できる? 遺言でできること・できないこと

「遺言に『次の社長は長男にする』と書いておけば、会社を継いでもらえますか?」。遺言で後継者への希望を伝えることはできますが、その記載だけで取締役や代表取締役に就任することはできません。株式を誰に渡すかと、会社の代表者を誰にするかには、それぞれの手続があります。

目次

株主と代表取締役の違いとは

株主とは、株式会社の株式を保有する人です。代表取締役とは、会社を代表し、会社の業務に関する法律行為をする権限を持つ取締役です(会社法349条4項)。同族会社では社長が大株主でもあることが多いため一体に感じられますが、法律上は別の立場です。

「社長」は会社で使う呼び名であり、取締役や代表取締役という法律上の地位と、常に同じ意味ではありません。引継ぎを考えるときは、名刺の肩書だけでなく、登記事項証明書で現在の役員と代表者を確認します。

自社株を相続しても、それだけで亡くなった方の役員の地位を引き継ぐことはありません。取締役と会社の関係には委任の規定が適用され、死亡によって終了します(会社法330条、民法653条1号)。

遺言では、自社株の承継先を決める

遺言は、自分の財産を誰に渡すかを決めるための手段です。経営者が保有する自社株についても、後継者へ渡すための文案を整えることができます。どの会社の、どの種類の株式を対象にするか、現在の株主名簿と定款をもとに明らかにします。

その結果、後継者が株主として議決権を行使できる立場になれば、会社の役員選任にも関わることになります。ただし、株式の承継に必要な確認と手続、そして会社の決議は別に必要です。

「後継者として頑張ってほしい」「従業員を大切にしてほしい」といった思いを遺言の付言事項に記すこともできます。付言事項は家族や後継者に考えを伝える意味がありますが、役員を選ぶ会社の決議を代わりに済ませるものではありません。

文例:経営を託したい気持ちは、希望として書き添える

株式の承継を定めたうえで、次のような付言事項で経営への希望を伝えることもできます。これは、役員を選任する条項の例ではありません。

私は、長女〇〇に会社の経営を担ってほしいと考えています。本人の意思を尊重し、会社の定款と必要な手続に沿って、今後の経営体制を整えてもらうことを願っています。

この文例を書いただけで、長女が取締役や代表取締役に就任するわけではありません。本人が引き受けるかを確認し、株主総会などの決議と就任承諾、必要な登記へつなげます。株式を渡す条項と、経営への希望を分けると意味が伝わりやすくなります。

取締役の選任と、代表取締役の選定を確認する

取締役は原則として株主総会の決議で選任します(会社法329条1項)。選任される本人の就任承諾も必要です。すでに後継者が取締役である場合と、まだ役員に就任していない場合とでは、必要な手続が変わります。

代表取締役の決め方は、会社の機関構成によって異なります。一般的な株式会社について、取締役会の有無で整理すると次のようになります。

会社の形代表者の決め方
取締役会を置く会社原則として取締役会が取締役の中から代表取締役を選定する。定款も確認
取締役会を置かない会社原則として各取締役が代表する。別に代表取締役を定める場合は定款等に従う

取締役会を置かない会社では、定款、定款の定めに基づく取締役の互選、または株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることができます(会社法349条1〜3項)。取締役会を置く会社では、取締役会による選定が原則です(会社法362条2項3号・3項)。

このように、後継者が全株式を持つことになったとしても、代表取締役になるための手続は会社の仕組みに沿って進めます。遺言で「社長に指定する」と書くだけでは、この段階を省略できません。

遺言と会社の体制が合っているか確かめる

後継者がすでに役員かどうかで、準備する書類は変わります。まずは登記事項証明書の役員欄を見ます。まだ取締役ではないなら、取締役に選ぶ手続から考えます。すでに取締役なら、代表権の有無と、代表者を決める定款の条項を見ます。取締役会を置く会社では、原則として取締役会が代表取締役を選びます。非公開会社では、定款に株主総会でも選べる定めを置いている場合があるため、その有無も確認します。

後継者がすでに代表取締役として在任しているなら、先代の株を相続したという理由だけで、その人をもう一度代表者に選ぶ話ではありません。一方、先代が亡くなった時点で役員として在任していた場合は、その死亡による退任登記が別に必要です。議事録の書式を埋める前に、今どの立場にいる人を、どの立場にするのかを決めます。

また、株式が複数の相続人の共同相続となれば、取締役を選ぶ株主総会で誰が議決権を使えるかを先に整理することになります。相続後の議決権の扱いは「株主が亡くなったら、その株式の議決権は誰が使う?」で説明しています。

生前にできる準備は、遺言の作成だけではありません。後継者を取締役として迎えるか、代表者を複数にする必要があるか、定款の代表取締役の決め方が実情に合っているか、といった点も検討できます。ただし、代表者を増やせばそれぞれの権限にも関わるため、会社の規模や意思決定の方法に合わせて考えます。

役員の交代は、登記まで見据える

役員の死亡や、新たな取締役・代表取締役の就任で登記事項が変わった場合は、原則として変更が生じてから2週間以内に変更登記が必要です(会社法915条1項)。株式を相続したこと自体の手続と、会社の登記の手続は分けて確認します。

登記には、会社で有効に選任・選定されたことを確認できる議事録や、就任を承諾したことを示す書面などが関わります。遺言だけを法務局へ提出して、そこに書かれた人を社長として登記する仕組みではありません。

会社の機関構成や定款によって必要な手続が異なるため、現在の登記事項証明書と定款、株主名簿をそろえることから始めてください。株式を渡す相手の名前と、その人が今どの役職にいるかを書き出し、取締役に選ぶ決議や代表者を決める手続が必要かを確かめてください。

よくある質問

後継者がすでに代表取締役なら、相続で役員の地位は変わりますか?

その人自身がすでに就任している代表取締役の地位が、株式を相続することだけで変わるわけではありません。一方、亡くなった役員の死亡による変更登記などは別に確認します。

株式を持っていない従業員を、将来の社長にできますか?

株主であることと役員になることは別なので、そのような体制も考えられます。ただし、非公開会社では定款で取締役の資格を株主に限っている場合があり、現在の定款と選任手続を確認する必要があります。

遺言に書く「会社を継いでほしい」という希望には意味がありませんか?

後継者や家族に考えを伝える意味があります。その希望を実現するため、自社株の配分と会社での役員選任を具体的に準備することが大切です。

司法書士からひと言

「長女に会社を任せたい」と決まっていても、株式を渡す文面だけで社長交代の準備が終わるわけではありません。今の取締役は誰か、次の代表者をどう決める会社なのか。遺言の相談とあわせて、定款や役員構成を見ながら確かめていきます。

司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)


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この記事を書いた人

石本 憲史のアバター 石本 憲史 司法書士・スタートアップデザイナー®

大阪・北浜で「いしもと司法書士事務所(ISHIMOTO Legal)」を運営する司法書士です。
スタートアップの資金調達にともなう商業登記(種類株式・J-KISS・新株予約権・第三者割当増資)と、定款や株主間契約まわりの設計を専門にしています。
AIを日々の業務に組み込んでいる司法書士として、同業の士業向けにAI活用の顧問サービスやセミナーも行っています。
大阪司法書士会 東支部所属(登録番号 大阪第4973号)/簡裁訴訟代理等関係業務認定(第1201092号)
所属団体:BAMBOO INCUBATOR、smartroundパートナー

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