「会社の株は後継者に渡すつもりですが、会社に貸しているお金も一緒に渡るのでしょうか」。会社の決算書にある役員借入金は、社長側から見ると貸付金という財産であり、自社株とは別に相続されます。株式を引き継いだだけで、会社への貸付金まで全部その人のものになるわけではありません。
役員借入金とは
役員借入金とは、会社が役員から借りているお金を表す勘定科目です。社長が会社の支払いを立て替えたり、運転資金を会社に入れたりした結果、決算書に残っていることがあります。
ただし、決算書の科目名だけで、誰からいくら借りているかが確定するわけではありません。役員が複数いる会社では社長以外の貸付分が含まれていることもあるため、勘定科目内訳明細書、総勘定元帳、入出金の記録や契約書を確認します。
会社の帳簿では「負債」でも、貸した社長にとっては「返してもらう権利」です。相続財産を調べるときに、個人の通帳や不動産だけを見ていると、この権利を見落とすことがあります。
自社株と貸付金は別々の財産
株式は会社の経営に参加したり、配当を受けたりするための権利です。一方、貸付金は、契約の条件に従って返済を求める権利です。同じ会社に関係していても、権利の中身が違います。
たとえば、社長が自社株をすべて所有し、会社に1,200万円を貸していたとします。これは説明のための仮例ですが、相続の検討では「自社株」と「1,200万円の貸付金」を分けて整理します。会社の資本金や会社預金とも混同しないようにします。
| 確認するもの | 自社株 | 会社への貸付金 |
|---|---|---|
| 権利の内容 | 議決権や配当など | 契約に基づく返済請求 |
| 主な確認資料 | 定款・株主名簿 | 契約書・帳簿・入出金記録 |
| 承継後に整えること | 株主名簿など | 債権の帰属と会社の返済先 |
株式の承継と、会社の債権者が誰になるかをセットで考えることが、後継者の資金繰りにも関わります。
貸付金は相続分に応じて分かれるのが原則
金銭の支払いを目的とする通常の貸金債権は、遺言などによる別の定めがない限り、相続開始と同時に相続分に応じて分割承継されるのが原則です。相続人全員の共有のまま、必ず遺産分割を待つという扱いではありません(民法427条・896条、最高裁昭和29年4月8日判決)。
預貯金債権は遺産分割の対象となるため、会社への貸付金を銀行預金と同じ感覚で扱わないことも大切です。裁判所の平成28年12月19日大法廷決定でも、通常の可分債権と預貯金債権の違いが示されています。
仮に配偶者と子2人が相続人で、法定相続分による分割承継となる場合、1,200万円の貸付金は配偶者600万円、子は各300万円という計算になります。子の1人が株式を全部取得していても、それだけでほかの相続人の貸付金を取得するわけではありません。
もっとも、相続した直後に全額を返済しなければならないとは限りません。もとの返済期限、分割払いの合意、担保などの条件は、契約書などで確認します。返還時期を定めていない貸付けでは、貸主が相当の期間を定めて返還を催告できます(民法591条1項)。契約書が見つからない場合も、当時の合意や返済記録を調べて、会社の資金繰りとあわせて確認します。
後継者にまとめるなら、会社への通知まで確認する
会社への貸付金も後継者にまとめたい場合は、生前に遺言で承継先を定めておく方法や、相続後に関係者の合意で整理する方法を検討します。相続人全員が合意すれば、貸付金を含めて遺産の配分を話し合う方法もありますが、原則として分割承継された債権をどのように移すのか、書面の内容を整理する必要があります。
相続後に他の相続人から後継者へ債権を譲渡する形なら、債権譲渡の通知や承諾など、会社や第三者に権利を主張するための手続も問題になります(民法466条・467条)。家族の合意書ができたことと、会社が誰に返せばよいか分かることは、別の確認事項です。
会社側も、後継者が新しい社長だからという理由だけで、その人へ全額を返済しないようにします。遺言や合意書などを確認し、返済先と金額を帳簿にも反映します。
文例:会社への貸付債権を相続人へ渡す
契約書や残高を確認し、特定の貸付債権を相続人となる長女へ渡す場合の、遺言の条項例です。会社の「役員借入金」という科目名ではなく、本人が持つ権利として記載します。
遺言者は、遺言者が株式会社〇〇(本店:〇〇)に対して有する令和〇年〇月〇日付金銭消費貸借契約に基づく貸金債権のうち、遺言者の死亡時に残存するものの全部を、長女〇〇〇〇(〇年〇月〇日生)に相続させる。
この例は契約で対象を特定できる場合の条項の一部です。貸付けが複数ある場合や契約書がない場合は、取引の実態に合う特定方法を検討します。利息や遅延損害金の定めがある場合は、その有無と、承継させる権利の範囲も確認します。貸付債権を渡す条項を置いても、自社株の承継先や会社の返済条件まで変わるわけではありません。遺言全体の方式や、ほかの財産・遺留分との関係も確認します。相続後には会社への通知など、取得した債権を会社や第三者に主張するために必要な手続も確認します。
文例に入れるのは、どの日の残高でしょうか
遺言の文例では「死亡時に残存するもの」としています。決算書の金額を、そのまま将来の相続時の金額と決めないためです。説明用の別の仮例として、決算日に900万円あった貸付けを、その後会社が200万円返し、追加の貸付けも利息もなければ、元本の残りは700万円になります。
通帳に200万円の入金があっても、給与や別の取引の入金であれば、この貸付けの返済とは限りません。決算日以降の入出金を、どの貸付けの返済かまで結び付けると、古い決算書の数字だけで文案を作ることを避けられます。返済の記録が見つからない部分は、推測で数字を埋めず、その箇所を税理士と会社の担当者へ伝えます。
生前に残高と返済条件を整えておく
まず行いたいのは、帳簿残高と実際の貸し借りを照らし合わせることです。返済済みの金額が残っていないか、立替金が混在していないかを、顧問税理士の先生と確認します。
「返さなくてよいことにする」「資本金に振り替える」といった整理には、税務や会社法の検討が必要です。帳簿から消すだけでは済まず、安易な債権放棄は会社や相続の課税関係に影響することもあります。まず事実関係をそろえ、返済・債権の承継・資本化のどれを検討するのか決める順番がよいと思います。
よくある質問
司法書士からひと言
遺言に自社株だけを書いて、会社への貸付金が抜けていないか、一度見直してみてください。後継者に両方を渡したい場合は、株式だけでなく、貸付債権も遺言の対象に含まれているかを確かめます。役員借入金の内訳や契約書をもとに、遺言にどう記載するかをご相談いただけます。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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