「遺言は、引退してから書けばいいでしょうか。今書いても、考えが変わるかもしれません」。社長の遺言に、一定の年齢になったら作らなければならないという決まりはありませんし、作ったあとに変更することもできます。年齢だけで区切るより、株式や後継者の状況が動く時期を目安にすると考えやすくなります。
遺言をする能力とは
遺言をする能力とは、その遺言の内容や結果を理解し、自分の意思で決められる能力です。民法では、15歳に達した人が遺言をすることができ、遺言をする時点でその能力を有していなければならないと定めています(民法961条・963条)。高齢になるまで待たなければならない制度ではありません。
反対に、年齢だけで「まだ作れる」「もう作れない」と一律に判断するものでもありません。会社の承継先や財産の配分について、ご自身の意思を説明し、選択できることが大切です。
遺言は原則として亡くなったときに効力が生じます(民法985条1項)。今作ったことで、その日から株式や経営権が後継者に移るわけではないため、現在の経営を続けながら準備できます。
年齢より、会社の節目を目安にする
経営者の場合、自社株を誰が持っているか、社長以外に会社を代表できる人がいるかによって、準備したい内容が変わります。まだ引退を考えていなくても、自分1人に株式と代表権が集中しているなら、一度確認しておく意味があります。
後継者が入社したときや、取締役に就任したときも、話し合うきっかけになります。会社を任せたい人と、自分が亡くなったときに株式を渡したい人が同じなのか、ここで確かめておきます。
| 会社・家族の節目 | 見直す内容の例 |
|---|---|
| 後継者候補が決まった | 自社株を誰に渡すか |
| 株式を売却・贈与した | いま保有している株式との対応 |
| 会社を新たに設立した | 新会社の株式の扱い |
| 結婚・離婚など家族構成が変わった | 財産を渡す相手と配分 |
| 財産を受け取る予定の人が先に亡くなった | 次の承継先と文案の見直し |
これらは法律で定められた作り直しの期限ではなく、見直しのきっかけです。年齢や誕生日だけで管理するより、会社の資料を更新する際に遺言も確認すると、内容のずれを見つけやすくなります。
遺言は、あとから撤回・変更できる
遺言者は、いつでも遺言の方式に従って、その全部または一部を撤回できます(民法1022条)。公正証書で作った遺言も、あとから変更できないものではありません。ただし、変更後の遺言をする時点でも、その内容を理解して判断できる能力が必要です。
気をつけたいのは、後の日付の遺言を作れば、前の遺言がすべて自動的になくなるとは限らないことです。前と後の遺言が矛盾するときは、その矛盾する部分について、後の遺言によって前の遺言を撤回したものと扱われます(民法1023条1項)。
書き直すときに見落としやすいのが、財産を渡す条項の後にある、遺言執行者の指定や予備の承継先です。たとえば「前の遺言を全部撤回する」として、新しい遺言に株式の承継先だけを書けば、前の遺言にあった自宅の配分や執行者の指定も残す内容にはなりません。
比較用のメモには、「第1条の株式は長女から長男へ変更」「第2条の自宅は変更なし」「執行者は前と同じ人を希望」のように、残したい内容も書きます。一部だけ撤回するのか、全部撤回して必要な内容を書き直すのか。新しい紙が短いほどよい、という話ではありません。
文例:以前の遺言の一部を撤回するとき
以前の遺言のうち、特定の条項だけを撤回する場合には、どの遺言のどの部分かを分かるようにします。次は撤回部分だけを抜き出した例です。
遺言者は、令和〇年〇月〇日付遺言書の第〇条を撤回する。
公正証書で作った遺言なら、公証人名や証書番号なども確認して特定します。撤回するだけでは、新しい承継先は指定されません。変更後に誰へ何を渡すかの条項も整え、残したい条項と矛盾しないかを確認します。撤回の一文も、遺言の方式に従って作成します(民法1022条)。自筆証書なら、この本文・日付・氏名を本人が自書し、押印します。
手書きの修正と、会社の変化に注意する
自筆証書遺言に書き足したり文字を消したりする場合には、法律に定められた訂正方法があります(民法968条3項)。書類の余白へ気軽に追記する感覚では、変更が有効にならないおそれがあります。変更箇所が多ければ、元の遺言との関係を確認して新たに作成する方法も考えられます。
会社の変化も見直しの対象です。説明のための仮例として、設立時に保有していた株式を一部贈与し、その後、会社が種類株式を発行した場面を考えてみます。昔の遺言に書いた株式の説明と、現在の株主名簿や定款の内容が合っているか、確認が必要です。
また、株式をすでに生前に処分していれば、遺言の内容とその処分が矛盾する部分には、撤回とみなす規定が関わります(民法1023条2項)。遺言を作ったあとも財産の処分はできますが、「以前の文章で今の希望が実現するか」を改めて確かめておきましょう。
最初は、現在の希望を書き出してみる
後継者が完全に決まっていないからといって、資料の整理まで待つ必要はありません。現在の保有株式、家族に残したい財産、会社を任せたい候補者を書き出してみると、決められることと、まだ考えたいことが分かれてきます。
ただし、そのメモを作っただけでは、法律の方式に従った遺言を作成したことにはなりません(民法960条)。希望を確認するためのメモから文案を整え、有効な方式で遺言を作成するところまで進めます。
公正証書遺言は公証役場へ直接相談することもできます。株式の種類や定款との関係がある場合には、会社の資料と既存の遺言を用意して、文案づくりの段階から司法書士に相談すると整理しやすくなります。日本公証人連合会「公正証書遺言の作成手順」
よくある質問
司法書士からひと言
遺言を見直すときは、以前の遺言も手元に置いてください。変えたい部分だけを読んでいると、残した条項との食い違いを見落とすことがあります。後継者や持株数が変わった方は、以前の文面と今の希望を比べるところからご相談いただけます。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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