「子どもに会社を継いでほしいけれど、遺言には何を書けばいいのでしょうか?」と考えたとき、自社株の行き先だけでは話が終わりません。経営者の遺言は、株式を受け取る人、次の経営を担う人、ほかの家族の暮らしをつなげて考える必要があります。
経営者の遺言とは
経営者の遺言とは、自社株を含む個人の財産を誰に承継させるかなど、亡くなった後の法律関係を定める遺言です。特別な形式の遺言があるわけではなく、原則として死亡時から効力が生じます(民法985条1項)。会社名義の預金や不動産は会社の財産ですから、社長個人の遺言で直接家族に分配する対象にはなりません。
また、遺言は生前の経営を代わってもらうための委任状ではありません。判断能力が低下したときの備えは、生前の役員構成や株式の持ち方とあわせて考えます。
最初に「誰に何を引き継いでほしいか」を言葉にする
文案を調べる前に、後継者に期待する役割を整理してみてください。日々の経営を担ってほしいのか、株主として会社を支えてほしいのか、それとも会社を第三者に譲る選択も残したいのか。ここが決まると、必要な準備が見えてきます。
たとえば、長女が経営を担い、長男は別の仕事をしているという仮の例で考えます。株式を均等に渡すことが、経営上も家族にとっても適切とは限りません。長女が会社の意思決定を進められる株式の持ち方と、長男に渡せる預金などを、財産全体で考えることになります。
後継者が引き受ける意思を持っているかも大切です。遺言を書く側の希望だけで進めず、本人にどこまで伝えて話し合うかを決めておくと、会社の準備と足並みをそろえられます。
自社株の現状と定款を確認する
「株は全部自分が持っているはず」という認識だけで文案を作らず、株主名簿で株式の種類と数を確認します。過去の増資や譲渡、名義の整理が反映されているかも見ておきたいところです。登記事項証明書だけでは株主の一覧は分かりません。
定款では、譲渡制限や種類株式の内容、相続人への株式の売渡請求に関する定めなどを確認します。遺言と会社のルールは別の書類ですが、同じ株式の承継に関わります。遺言を作っただけで定款が書き換わることはありません。
たとえば、営業を行うA社と、A社に建物を貸す資産管理会社B社を持っているとします。「会社は長女へ」という希望は、A社だけでしょうか。それともB社も含むでしょうか。会社名と渡したい人を並べると、どちらの会社についての希望かがはっきりします。
B社の株式を長男に渡すなら、長女が経営するA社と長男が株主になるB社との間に、建物の賃貸関係が残ります。遺言では株式の行き先を、会社の資料では賃貸借などの契約関係を確かめます。外部株主がいる会社については、株主間契約の有無も会社ごとに見ます。
株式の承継と社長の交代をつなぐ
自社株を取得することと、取締役や代表取締役になることは別です。取締役は株主総会の決議で選任し、本人の就任承諾も必要です(会社法329条1項・330条)。代表取締役の決め方は、取締役会の有無や定款で変わります(同法349条・362条)。
| 遺言を考えるときの希望 | あわせて準備したいこと |
|---|---|
| 後継者に自社株を渡したい | 株式の特定、定款、ほかの家族への配分 |
| 後継者に社長になってほしい | 取締役の選任と代表者の決定方法 |
| 生前の判断能力低下に備えたい | 役員構成や株式の管理方法 |
| 家族の生活資金も残したい | 株式以外の財産と必要資金の見積り |
遺言に次の社長の希望を書いても、それだけで選任手続や登記が済むわけではありません。相続後に誰が議決権を行使できるかまで見通すことが、会社の手続につながります。
家族への配分と実行する人を考える
自社株を後継者に集める場合は、ほかの相続人の遺留分も確認します。配偶者や子、相続人となる直系尊属などには遺留分が認められ、侵害がある場合には金銭の支払いを求められることがあります(民法1042条・1046条)。株式を渡せば準備が終わるということではなく、支払いに使える資金も考える必要があります。
自社株の評価や税負担は、顧問税理士の先生に確認していただきたい部分です。登記簿の資本金の額から、株式の相続税評価額や家族への配分額が決まるわけではありません。
遺言の内容を実現する遺言執行者を置くかどうかも検討します。候補者が引き受けられる業務や費用、会社の資料をどう引き継ぐかを確認し、弁護士や信託銀行などに相談する方法もあります。
文案を作り、会社や家族の変化に合わせて見直す
ここまで整理できたら、公正証書遺言にするか、自筆証書遺言にするかを検討して文案を作ります。株式を受け取る人が先に亡くなった場合や、遺言に書いていない財産の扱いまで確認すると、記載の抜けを減らせます。
遺言をする時点で必要な能力があることも前提です(民法963条)。後継者の変更、増資、家族構成の変化などがあったときは、以前の遺言が今の希望と合っているかを見直してください。日付だけを新しくするのではなく、会社の資料と一緒に確認するのがよいでしょう。
文例:自社株の承継先と、万が一の承継先を決める
相続人となる長女に普通株式をまとめ、長女が先に、または同時に亡くなったときは相続人となる長男へ渡す場合の条項例です。氏名・生年月日、会社の商号・本店は、実際の資料に合わせて特定します。
第1条 遺言者は、遺言者が死亡時に所有する株式会社〇〇(本店:〇〇)の普通株式の全部を、長女〇〇〇〇(〇年〇月〇日生)に相続させる。
第2条 前条の長女が遺言者より先に、または遺言者と同時に死亡したときは、遺言者は、前条の株式の全部を、長男〇〇〇〇(〇年〇月〇日生)に相続させる。
第2条は、受け取る予定の人が亡くなった場合に備える「予備的な遺言」の例です。株式を1人にまとめたいなら、予備の承継先も具体的に決めます。日本公証人連合会「予備的な遺言」
これは条項の一部です。種類株式がある場合、予備の相手が相続人でない場合、ほかの財産や遺留分への対応は別に整えます。自筆証書遺言にする場合は、原則として本文の全文・具体的な作成日付・氏名を本人が自書し、押印する必要があります。
よくある質問
司法書士からひと言
「株は長女に、預金は長男に」というメモからでも、遺言の相談は始められます。文例の会社名と氏名を書き換える前に、定款と株主名簿を見ながら、ご家族に残す財産も一緒に考えたいところです。自社株を含む遺言を作りたい方は、承継先の希望と手元の資料をお知らせください。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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