「会社は長男に継がせるから、株もまとめて渡しておきたい」。そう考えて遺言を準備しようとすると、何をどう書けばよいのか迷われる方が少なくありません。後継者が相続人であれば、自分が持つ自社株の全部をその人に「相続させる」と書くのが基本形です。遺言では承継先と対象の株式をはっきりさせ、後継者が先に亡くなった場合の予備の承継先も定めておきます。あわせて、定款に相続人への売渡請求の定めがないかを確認します。
自社株を後継者に集中させる遺言とは
自社株を後継者に集中させる遺言とは、相続人である後継者に会社の株式を承継させる旨を定めた、いわゆる「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)です(民法1014条2項)。相続は法律上の一般承継にあたるため、譲渡制限のある株式でも、この遺言で後継者に渡すぶんには会社の譲渡承認は原則として必要ありません。
相続人ではない人に渡す「遺贈する」との違いは「「相続させる」と「遺贈する」で何が違う? 譲渡制限株式と会社の承認」に譲り、ここでは条項の書き方に絞って見ていきます。
遺言がないと自社株はどうなるか
遺言を残さずに亡くなり、相続人が複数いる場合、自社株は遺産分割が終わるまで相続人の準共有になります。議決権を使うには、原則として権利を行使する人を1人決めて会社に通知する必要があり(会社法106条)、会社を継ぐ予定というだけでは、後継者が単独で議決権を行使できるわけではありません。遺言で「相続させる」と明記しておけば、この準共有の状態を経ずに、株式は相続開始の時から後継者のものになります。
準共有のあいだの議決権の扱いは「株主が亡くなったら、その株式の議決権は誰が使う?」に、遺言がないときに会社で起きることは「会社を経営していて遺言がないと、何が困る?」にまとめています。
相続人が複数いる場合を比べます。
遺産分割までは、株式は相続人の準共有になります。
議決権を使うには、原則として権利行使者を1人決め、会社に通知します。
「相続させる」と定めた場合
準共有を経ず、対象の株式を後継者が取得します。
議決権などを使うには、株主名簿の名義書換を済ませておくのが基本です。
会社と株式をどう特定するか
遺言には、誰に何を渡すのかを、遺言を読んだ人が迷わず特定できるように書きます。会社は登記どおりの商号と本店の所在地で、後継者は続柄・氏名・生年月日で特定します。会社が2社以上あって承継先が分かれるときは、会社ごとに条を分け、商号だけでなく本店まで書いて取り違えを防ぎます。
数の書き方にも注意が必要です。「遺言者が死亡時に所有する同社の株式の全部」のように、対象と時点が分かる書き方にしておけば、遺言作成後に増資や株式分割で株数が変わっても、そのまま後継者に渡す内容として通用します。一方、「株式1,000株を相続させる」のように数を固定して書くと、増えた分の扱いがはっきりしなくなるおそれがあります。全部を渡すつもりなら、株数は書かずに「全部」とします。
遺言作成後に、増資や株式分割で所有株数が増えた場合を比べます。
「遺言者が死亡時に所有する同社の株式の全部」
増えた分も含め、死亡時に所有する株式を渡せます。
「株式1,000株を相続させる」
増えた分の扱いが不明確になるおそれがあります。
会社・後継者を特定し、種類株式がある場合は、渡す種類も明確にします。
文例:自社株の全部を後継者に相続させ、予備の承継先も決める
相続人である長男に株式の全部をまとめ、長男が先に亡くなったときは長男の子(遺言者の孫)に渡す場合の条項例です。
第1条 遺言者は、遺言者が死亡時に所有する株式会社〇〇(本店:〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号)の株式の全部を、遺言者の長男〇〇〇〇(〇年〇月〇日生)に相続させる。
第2条 前条の長男が遺言者より先に、または遺言者と同時に死亡したときは、遺言者は、前条の株式の全部を、同人の長男〇〇〇〇(〇年〇月〇日生)に相続させる。
これは条項の一部で、遺言書全体の書式ではありません。預金や自宅など、株式以外の財産の配分は別の条で定めます。文例の〇〇を埋めるときは、次の箇所をご自身の事情に合わせて変えてください。
| 文例の箇所 | 自分の事情に合わせて変える内容 | 見る資料 |
|---|---|---|
| 株式会社〇〇(本店:〇〇) | 登記どおりの商号と本店。会社が複数なら会社ごとに条を分ける | 登記事項証明書 |
| 株式の全部 | 種類株式がある会社で全種類を渡すなら「種類を問わず、死亡時に所有する同社の株式の全部」。特定の種類だけなら、定款上の名称で「普通株式の全部」など | 定款・株主名簿 |
| 長男〇〇〇〇(〇年〇月〇日生) | 続柄・氏名・生年月日を戸籍どおりに書く | 戸籍 |
| 第2条の予備の相手 | 長男に子がいなければ、配偶者やほかの子など信頼する人に差し替える。その人が相続人になるなら「相続させる」、ならないなら「遺贈する」 | 戸籍・定款の譲渡制限の定め |
予備の相手が相続人にあたらない場合は「遺贈する」になり、譲渡制限株式であれば会社の承認が問題になります。その場合の考え方は、先ほどの「相続させる」と「遺贈する」の記事をご覧ください。
後継者が先に亡くなった場合に備える
第2条のような予備的な定めを置くのには理由があります。最高裁は、「相続させる」旨の遺言は、受け取るはずだった相続人が遺言者より先に亡くなった場合、遺言者がその人の子などに代わりに相続させる意思を持っていたとみるべき特別な事情がない限り、その部分の効力を失うと判断しています(最判平成23年2月22日)。予備の定めがなく、遺言の解釈でも代わりの承継先が認められない場合、その株式は原則として遺産分割の対象になります。
長男が遺言者より先に亡くなった場合だけでなく、同時に亡くなった場合(死亡の前後が分からず同時と推定される場合を含みます。民法32条の2)にも、長男の子は代襲相続人になります(民法887条2項)。ただし、代襲相続人になることと、第1条で長男に指定した株式の全部を受け取れることは別です。そこで第2条で、孫のうち誰に集中させるかを氏名と生年月日で特定しています。「長男の子」とだけ書くと、子が複数いたときに株式がふたたび分散しかねません。
定款の譲渡制限と売渡請求条項を確認する
遺言の条項と一緒に見ておきたいのが、いまの定款です。定款に「相続人等に対する売渡請求」の定めがある会社では、遺言で後継者に「相続させる」と書いて渡した譲渡制限株式も、会社からの売渡請求の対象になり得ます(会社法174条)。相続による取得に譲渡承認はいりませんが、承認がいらないことと、相続のあとで会社から売渡請求を受けないことは別の問題です。
売渡請求をするのは会社で、株主総会の決議が必要です(会社法175条1項)。後継者以外の親族も株主である会社では、この定めを残すか変更するかを遺言と一緒に検討します。定款が手元にない場合は「会社の定款が見つからない。登記の手続はどうすればいい?」をご覧ください。
名義書換と役員の交代は、遺言とは別の手続
株式を相続したこと自体について、会社の変更登記は必要ありません。株主が誰であるかは登記事項ではなく、会社が備える株主名簿に反映します。名義書換は本来、旧株主側と新株主側が共同で請求しますが、この文例で株式を相続した後継者は、遺言書と戸籍など、株式を承継したことを証する資料を会社に提出して単独で請求できます(会社法133条2項、会社法施行規則22条1項4号)。第2条で承継したときは、長男の死亡を示す資料も必要です。
一方、株式を相続しても、取締役や代表取締役の地位までそのまま引き継ぐわけではありません。後継者が社長になるには、株主総会での選任などの手続と、その変更登記が別に必要です。遺言に「次の社長は長男」と書くだけでは足りない理由は「遺言で次の社長を指名できる? 遺言でできること・できないこと」で取り上げています。
あわせて決めておきたいこと
後継者に株式を集中させても、配偶者やほかの子の遺留分は残ります(民法1042条)。原則として金銭の請求になるため、後継者が支払う資金と付言事項の書き方は「自社株を後継者に集中させると、ほかの子どもの遺留分はどうなる?」をご覧ください。名義書換などを誰が進めるかは「遺言執行者は誰に頼む? 会社のことが分かる人を選ぶ視点」、公正証書と自筆証書のどちらで作るかは「経営者の遺言は、公正証書と自筆のどちらがいい?」が参考になります。株式以外の財産の配分まで見通してから文案を固めると、遺言全体の抜けを減らせます。
よくある質問
司法書士からひと言
「株は長男に、と口では話しているから大丈夫」というお話をうかがうことがありますが、遺言に残しておかなければ、いざというとき準共有の状態から出発することになります。会社と株式の特定の仕方ひとつで、その後の手続のしやすさが変わりますので、文例の〇〇を埋める前に、定款と株主名簿を見せていただければと思います。遺言の文案づくりから、定款の売渡請求条項の見直し、相続後の役員変更の登記まで、当事務所でお手伝いできます。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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