「うちは家族の仲がいいし、会社は長男が継ぐと話している。遺言まで必要でしょうか?」。仲が良いご家族でも、遺言がなければ、自社株を誰が取得するかなどを相続後の手続で整理する必要があります。後継者として働いていることだけでは、株式の取得は決まりません。
遺言がない相続とは
遺言がない相続とは、亡くなった方による遺言での財産の配分指定がなく、相続人や財産を確認し、必要な遺産分割などを進める相続です。相続人が複数いる場合、相続財産は原則として共有に属し、遺産分割は共同相続人の協議で行います(民法898条・907条)。以下では、株式会社の株式を複数の相続人が共同相続する場面を考えます。
遺言がないから必ず争いになる、ということではありません。相続人全員が合意できれば、後継者に自社株をまとめる遺産分割もできます。ただし、その合意が成立するまでの間、会社の決議が必要になる可能性はあります。
「会社を任せる」と「株式を渡す」は別の話
説明のための仮例です。父が株式をすべて保有する会社で、長男が専務として働き、家族も将来の社長だと考えていたとします。父が亡くなり、相続人が妻と子2人になった場合、長男が会社で働いていたことだけで、すべての株式を単独で取得することにはなりません。
家族の間で「経営は長男に任せる」という考えが一致していても、それが「株式もすべて長男に取得させる」という財産の配分まで含むかは、改めて確かめる必要があります。ほかの家族は、経営には関わらず株主として配当を受け取るつもりだった、という違いも考えられます。
生前に口頭で希望を伝えることは大切ですが、それだけで法律上の遺言になるわけではありません。遺言は法律で定められた方式に従う必要があります(民法960条)。家族への説明と、効力を持つ遺言の作成は、それぞれ役割があります。
話合いが続く間も、会社には決めることがある
複数の相続人が共同相続した株式については、権利を行使する人を1人定め、会社へ通知することが原則です(会社法106条)。相続人が法定相続分に応じた株数をそれぞれ単独で取得し、自由に議決権を使える状態になるわけではありません。
一方、会社では、取締役の選任や決算の承認など、株主総会で決めることがあります。家族で財産全体の配分をゆっくり相談している間にも、会社の意思決定を進める必要があるかもしれません。家族仲とは別に、適法に決議できる状態を整えておく必要があります。
たとえば「遺産の話合いは来月、でも今月中に後任の取締役を選ぶ必要がある」という場面です。全財産の分け方を決める話合いと、目の前の株主総会で誰が議決権を使うかを決める話合いは、同じではありません。議決権を使う人を決めたことだけで、その人が株式を全部取得するわけではありません。
会社が次に開く総会の日と議案を先に伝えると、相続の協議と会社の手続のどちらを急ぐべきか、相談しやすくなります。共同相続した株式の議決権については、株主が亡くなったら、その株式の議決権は誰が使う?で詳しく説明しています。
遺言で減らせる負担と、別に考えること
遺言で自社株の取得者を明確にすることは、後継者への株式承継を進めるための準備になります。ただし、遺言が1通あれば会社の引継ぎがすべて終わるわけではありません。
| 遺言で整理したいこと | あわせて確認したいこと |
|---|---|
| 自社株を誰に渡すか | 会社の定款と株主名簿の内容 |
| ほかの家族に何を残すか | 財産全体の配分と遺留分 |
| 後継者が先に亡くなった場合の備え | 次の候補者と文案の見直し |
| 家族への思いや希望 | 役員の選任と代表者の交代手続 |
とくに、配偶者や子など遺留分を持つ相続人への配慮は別に検討します。自社株を後継者にまとめる遺言でも、遺留分侵害額に相当する金銭の請求が問題になることがあります(民法1042条・1046条)。株式の行き先と、ほかの家族に渡す財産を一緒に考えることが大切です。
取締役の選任は原則として株主総会の決議によって行います(会社法329条1項)。「長男を次の社長にする」と遺言に書くだけで、役員の選任や代表者を決める手続が済むわけでもありません。
家族と話せるうちに、会社の資料を開く
最初から遺言の文章を完成させようとするより、まず、株主名簿で保有株式を確認し、定款と登記事項証明書で会社の役員体制を確かめてみてください。誰が会社を継ぐつもりなのか、その人が株式をどれだけ持つ想定なのかを、同じ資料を見ながら話せるようになります。
そのうえで、自社株以外に家族へ残せる財産や、社長と会社の貸し借りも整理します。自社株の評価については顧問税理士の先生に確認し、遺言の文案と会社側の手続をつなげて検討すると、後継者への配分を具体的に考えやすくなります。
公正証書遺言は、公証役場に直接相談して作成することもできます。自社株と役員体制、定款の内容が関係する場合は、会社の手続とあわせて司法書士に相談するのもひとつの方法です。日本公証人連合会「公正証書遺言の作成手順」
よくある質問
司法書士からひと言
家族で「会社は長男が継ぐ」と話せているなら、その希望を遺言にどう残すかが次の課題です。株式を誰に渡したいか、ほかの家族に何を残したいか。当事務所では、そのお話を伺い、会社の定款も確かめながら遺言の文案を考えます。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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