「親の会社を継ぐつもりはありません。相続放棄をしたほうがよいのでしょうか」。会社の経営を引き継がないことと、相続放棄をすることは別です。株式や財産を相続しながら、取締役には就任しないという選択もあります。
相続放棄とは
相続放棄とは、家庭裁判所への申述によって、亡くなった人の財産上の権利や義務を相続しないことにする手続です(民法938条)。相続放棄をした人は、その相続では初めから相続人ではなかったものとみなされます(民法939条)。
預金や自社株だけを受け取り、借金や保証債務だけを放棄することはできません。また、「会社を継ぎません」と家族へ伝えるだけでは、家庭裁判所の相続放棄をしたことにはなりません。
相続放棄を検討する場面では、会社そのものの借金と、亡くなった社長個人の借金・保証を分けて調べます。株式会社に多額の借入れがあっても、それがすべて社長個人の債務というわけではないためです。
株主になることと社長になることは違う
株式会社の株式を相続した人は、株主としての権利を引き継ぎます。しかし、亡くなった人の取締役や代表取締役の地位まで引き継ぐわけではありません。取締役になるには選任と就任の承諾など、会社法上の手続が必要です(会社法329条・330条)。
たとえば、子が株式を相続し、会社の経営は別の人に任せるという設計も考えられます。実際に誰が役員になれるかは会社の定款や機関設計を確認する必要がありますが、「株を相続したから自分が社長になるしかない」という関係ではありません。
経営を担当するか、財産や債務を相続するかは、分けて判断します。 この説明は株式会社を前提としています。合同会社では社員という出資者の地位の承継に定款が関わるため、同じ考え方をそのまま当てはめないでください。
遺産分割で「何も受け取らない」と決める場合との違い
家族の遺産分割で、自社株を後継者にまとめ、ほかの相続人は株式を取得しないと合意する方法があります。預金や不動産も含めて何も取得しない合意をする場合もありますが、それは相続放棄とは違います。
| 選択・手続 | 主に決めること | 相続人としての扱い |
|---|---|---|
| 取締役への就任を断る | 経営を担当するか | それだけでは変わらない |
| 遺産分割で取得額をゼロにする | 相続人間の財産配分 | 相続人のまま |
| 家庭裁判所で相続放棄をする | 相続をするか | 初めから相続人でない扱い |
遺産分割協議書に「すべて長男が相続する」と書いても、その合意だけで、他の相続人が債権者に対する責任を免れることはできません。相続人同士の取決めと、債権者が誰に請求できるかは別だからです。借金や保証の請求を受けたくないという理由で取得額をゼロにするなら、書面へ署名する前に法的な違いを確認しておく必要があります。
「何も相続しない」という書面を渡されたら
家族から「会社を継がないなら、この紙に署名して」と頼まれたとします。本文が「私は遺産を取得しない」という配分の合意なのか、家庭裁判所へ出す相続放棄の申述書なのかで、目的が違います。書類の題名に「放棄」とあっても、それだけで同じ手続とは判断できません。
借金や保証を引き継がないことが目的なら、「この書面を誰に提出し、何を終える予定ですか」と尋ねてみてください。会社の役員就任を断ること、家族間で財産を受け取らないと決めること、家庭裁判所で相続放棄をすることを区別できます。署名前に書面一式と保証の資料を相続放棄を扱う専門家へ見せれば、何を選ぼうとしているのかを共有しやすくなります。
原則3か月の期間と、財産を処分する前の確認
相続放棄の期間は、原則として、自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月です(民法915条)。単に亡くなった日から機械的に数えるのではなく、自分が相続人となったことを知った時も関わります。
財産や保証の調査が間に合わない場合は、家庭裁判所へ期間の伸長を申し立てる方法があります。調査中だから自動的に期限が延びるわけではないため、分からないまま期間を過ぎないようにします。手続の概要は裁判所の相続放棄の案内で確認できます。
また、相続財産の全部または一部を処分すると、法律上、相続を単純承認したものと扱われる場合があります(民法921条)。自社株を売却したり、相続した財産を自分のものとして使ったりする前に注意が必要です。保存行為などの例外もあるので、個別の行為がどう評価されるかは確認して判断します。
放棄を検討する人がいても、会社側の対応は整理する
相続人が判断している間も、会社には従業員への支払いや取引先との契約など、継続する仕事があります。相続人だからという理由で、会社の代表権を当然に行使できるわけではありません。
会社側では、他に代表取締役や取締役がいるか、株主が誰か、次の役員を選ぶ手続をどう進めるかを確認します。相続放棄を検討中の人に株主としての手続や財産処分への協力を求めるときは、相続への影響も含めて専門家に確認することが大切です。
相続放棄によって他の順位の人が相続人になることもあります。家族内で最初に想定した顔ぶれのまま、株式や会社の承継を決めてしまわないようにします。
よくある質問
司法書士からひと言
会社の経営を引き受けないと決めても、相続については財産と負債を調べてから判断する必要があります。相続放棄を考えている場合は、亡くなった日と、自分が相続人になったことを知った日を、相続放棄を扱う司法書士・弁護士に伝え、期限を早めに確認してください。会社側の役員変更登記については、残っている役員や次の代表者の予定を伺いながら、当事務所で対応できます。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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