「会社の株式は後継者に、自宅は一緒に暮らす子に残したい。でも、自宅のローンがまだ残っています」。経営者の遺言では、自社株と同じように、ご家族の住まいも気になるところです。自宅を誰に渡すかを書くだけで、住宅ローンの負担までその人だけに決まるわけではありません。 家と返済を一緒に考える際には、遺言の文面に加え、団信と借入契約の確認が必要です。
住宅ローンが残る自宅の相続とは
住宅ローンが残っていても、自宅を相続させる遺言は作れます。ただし、不動産の所有権と借入れの返済義務は、別に承継を考えます。
たとえば「自宅は長女へ、預金は長男へ」と書いたとします。それだけで、長女がローンを全部負担し、長男は返済と無関係になるとは限りません。通常の金銭債務は、原則として法定相続分に応じて共同相続人が承継するためです。
また、抵当権の付いた家を相続しても、その登記は自動的には消えません。「家を取得する人」「家族の中で返済を負担する人」「金融機関が返済を求められる人」を区別することが、この遺言を考える出発点になります。
文案を書く前に、団信で残債がどうなるかを確かめる
団体信用生命保険、いわゆる団信は、加入者が亡くなったときなどに、保険金で対象の住宅ローンを返済する仕組みです。保険金で完済されるなら、そのローンの残債を家族が返済する必要はなくなります。
ただし、加入しているつもりでも、保障の対象や保険金の支払条件は契約ごとに確認します。ペアローンなどでは、誰のどの借入れが保障されるのかも大切です。金融機関へ連絡し、保険の手続と、返済が必要な債務が残るかを確かめます。住宅金融支援機構の死亡時の手続案内も、この確認から始まっています。
生前に遺言を準備する際も、団信の加入資料と借入契約書を一緒に見ます。「亡くなれば全部なくなるはず」と決めつけず、返済が残る場合の希望も文案にしておくと、家族へ伝えたい内容がはっきりします。
文例:自宅の承継先と、残るローンの負担を書き分ける
次は、本人が単独で所有する自宅を、相続人となる長女に渡す場合の説明用の文例です。借主も本人1人で、対象は特定の住宅ローンとします。長女に返済の負担も担ってもらいたい、という希望を条項に分けています。
第1条 遺言者は、別紙不動産目録記載の土地及び建物を、長女〇〇〇〇(〇年〇月〇日生)に相続させる。
第2条 遺言者は、前条の不動産の取得に伴う負担として、遺言者と〇〇銀行との〇年〇月〇日付金銭消費貸借契約に基づく住宅ローン債務のうち、相続開始時に残存するもの(団体信用生命保険によって弁済される部分を除く。)を、相続人間では長女〇〇〇〇が全部負担するものと定める。
これは、金融機関がほかの相続人への請求をしなくなることまで定めた文例ではありません。 この条項は、相続人の間では長女が最終的な返済負担を担うことを明らかにする趣旨です。ほかの相続人が銀行へ支払った場合の精算も、この定めを踏まえて考えます。この2条だけで遺言書全体が完成するわけではありません。
不動産目録は、住所だけで済ませず、土地の地番・建物の家屋番号などで特定します。共有の自宅なら、本人の持分を対象とする書き方に変わります。借入れが複数ある場合は、銀行名だけでなく契約日や契約番号なども照らし合わせ、どの借入れを指すか分かるようにします。
団信に加入していなければ、括弧内の保険に関する記載は外します。団信で完済されれば、この条項により負担する残債はなくなります。ほかの相続人が返済した際の精算方法まで決めたい場合は、その内容も条項にします。長女が毎月の返済を続けられるか、ほかの家族の住まいや財産の配分はどうなるかも、文例の氏名を書き換える前に考えたい点です。
自筆証書遺言にするなら、原則として本文の全文・具体的な日付・氏名を本人が自書し、押印します。上の文例を印刷して署名するだけでは、本文の自書要件を満たしません。 自書しない財産目録を添付する場合は、各ページに署名・押印します。両面に自書しない記載がある場合は、両面への署名・押印が必要です(民法968条)。
「家族の中で誰が払うか」と、銀行への義務は別です
遺言で長女に返済を負担させる希望を定めても、それだけで金融機関に対する他の相続人の返済義務がなくなるわけではありません。なお、上の文例とは別に、相続分そのものを指定する遺言についても、債権者が原則として法定相続分に応じた権利を行使できると定められています(民法902条の2)。
家族の間で返済を引き受けることと、銀行に対する債務者を長女1人にすることは別の手続です。 他の相続人を債務から外すには、金融機関の承諾を得るなど、債務の引受けに関する手続が必要になります。返済能力や契約の内容も確認されるため、遺言だけでその結果まで約束はできません。
金融機関へ相談するときは、「自宅を取得する予定の長女が返済を続け、ほかの相続人は債務を負わない形を希望しています。どのような手続が必要ですか」と伝えると、家族の希望と銀行側の手続を分けて話せます。
登記簿の「債権額」を、そのまま残高にしない
登記事項証明書の抵当権の欄には債権額が記載されますが、返済のたびに現在残高へ書き換わるものではありません。登記簿は不動産と担保の確認、残高証明書や返済明細は残る借入れの確認に使います。
自宅に担保が付いていても、本人の住宅ローンではなく、会社の借入れを担保している場合もあります。その場合は、ここで示した本人の住宅ローンの文例をそのまま使わず、借主と保証の関係から確かめます。
団信などで完済しても、抵当権の抹消登記は別に必要です。金融機関から届く書類の弁済日・解除日と、本人が亡くなった日を確認し、自宅の相続登記と抹消登記の順序や必要書類を検討します。完済の連絡と一緒に書類を保管しておくと、登記の相談も進めやすくなります。
よくある質問
司法書士からひと言
「家は長女へ」という一文の後ろには、「返済も任せたい」「ほかの家族には負担を残したくない」という希望があるかもしれません。遺言の相談では、その希望を、団信の加入資料・借入契約書・ご自宅の登記事項証明書と照らし合わせます。当事務所では遺言の文案づくりと、不動産の相続登記をご相談いただけます。自社株の承継も考えている方は、ご自宅を含めて、誰に何を残したいかをお聞かせください。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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