「父の会社がずっと使っている工場ですが、建物は父個人の名義です。父が亡くなったらどうなりますか?」。会社で使っている不動産でも、社長個人が所有していれば、その方の相続の対象になります。会社を継ぐ人と、不動産を相続する人が同じになるとは限りません。
社長個人名義の事業用不動産とは
社長個人名義の事業用不動産とは、社長が個人として所有し、会社の事務所や工場、倉庫などに使っている土地・建物です。会社は社長とは別の法人なので、事業に使っているという理由で会社の所有になるものではありません(会社法3条)。社長の死亡時には、個人の財産として相続を確認します(民法896条)。
まず確かめたいのは、土地と建物それぞれの所有者です。土地は個人、建物は会社という場合や、社長と親族の共有になっている場合も考えられます。「工場一式」という呼び方でまとめず、登記事項証明書を土地と建物に分けて確認します。
会社の固定資産台帳や経費の処理も手掛かりになりますが、それだけで所有者を決めつけないことが大切です。実態と登記に違いがある場合は、その経緯から整理します。
「工場の住所」だけでは、抜ける土地があります
遺言の相談メモに「〇〇町の工場を長男へ」と書くときは、建物だけでなく、敷地や隣の資材置場も含めるつもりかが大切になります。普段は一つの工場として使っていても、登記では複数の土地と建物に分かれ、所有者が違うこともあります。
不動産を特定するには、土地は地番、建物は家屋番号を登記事項証明書などでたどります。郵便の届く住所と、登記で物件を特定する番号は同じとは限りません。「資材置場も一緒に渡すつもりだった」という食い違いを避けるため、現地で使っている範囲と、遺言に載せる物件を照らし合わせます。会社所有の部分は、個人の遺言で渡す財産に混ぜません。
不動産を受け取る人と、会社を継ぐ人を確認する
自社株と事業用不動産は、別々の財産です。遺言や遺産分割の結果によって、会社を経営する子が自社株を取得し、別の子が事務所の土地・建物を取得することもあり得ます。
そのような配分自体がいけないわけではありません。ただし、会社と新しい所有者との間で、使用条件を確認する必要があります。株式だけを後継者に集めても、会社が使う場所のことまで自動的に解決するわけではないためです。
説明のための仮例として、長男が会社を継ぎ、長女が工場建物を相続する場合を考えます。長女が会社に賃貸し続ける方針なのか、将来的に売却したいのかによって、会社が準備したいことも変わります。財産の配分を決める前に、会社へ貸し続けるつもりか、賃料や期間をどう考えているかを家族で話しておきたいところです。
賃貸借か、無償の使用かを確かめる
社長と会社の間で賃貸借契約を交わし、会社が賃料を払っていたのか。それとも、無償で使わせていたのか。この違いで、確認する契約内容や引継ぎの注意点が変わります。
| 確認する資料・事情 | 確かめたい内容 |
|---|---|
| 土地・建物の登記事項証明書 | 所有者、共有持分、担保の有無 |
| 賃貸借契約書・使用貸借契約書 | 使える範囲、期間、賃料、終了条件 |
| 賃料の入出金記録 | 実際の支払先と支払状況 |
| 修繕や設備投資の記録 | 費用負担と会社所有設備の範囲 |
貸主である社長が亡くなったという理由だけで、会社がその日に必ず退去しなければならないわけではありません。相続と契約内容を確認し、貸主側の地位や、賃料の支払先などを整理します。
契約書がない場合も、これまでの入出金ややり取りから利用関係を確かめます。相続人の1人から支払先変更の連絡が来た場合に、その人の希望だけで切り替えず、遺言や遺産分割、ほかの相続人との関係を確認して対応することが大切です。
相続登記は、会社の登記とは別の手続
相続で不動産の所有権を取得した相続人は、自分のために相続の開始があったことと、その不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請する義務があります(不動産登記法76条の2第1項)。遺産分割が成立した場合には、その成立日から3年以内に、分割の内容を反映した登記を申請する義務もあります。法務省「相続登記の申請義務化について」
工場を使い続けていることや、固定資産税を払っていることだけでは、相続登記をしたことにはなりません。また、会社の代表取締役を後継者に変更する登記をしても、個人所有の工場の名義は変わりません。不動産の登記と会社の登記を、それぞれ進める必要があります。
遺産分割が期限までにまとまらない場合には、相続人申告登記によって基本的な申請義務を履行する方法もあります。ただし、不動産の取得者や持分を確定して公示する制度ではなく、その後に遺産分割が成立した場合の登記まで済むわけではありません。法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」
2024年4月1日より前に相続して取得を知っていた不動産で、まだ登記をしていないものは、原則として2027年3月31日までの対応が必要です。先代名義のままの事務所や工場も確認しておきましょう。
生前に整理するときの考え方
まずは、個人所有の不動産と会社所有の不動産を分け、会社がどの契約で使っているかを確認します。そのうえで、誰が不動産を承継すれば事業を続けやすいか、ほかの家族にはどの財産を渡すかを考えます。
不動産を会社へ移す方法を検討する場合もありますが、相続準備だからといって当然に会社名義へ変えればよい、という話ではありません。移転には契約や登記、税務などが関わるので、顧問税理士の先生と費用・税務を確認しながら検討します。
遺言を作る場合も、自社株と事業用不動産の記載を別々に確認します。会社の名前だけを記して「会社を継がせる」と書くより、何を誰に渡すのかが分かる文案にしておくことが大切です。
よくある質問
司法書士からひと言
会社が使う土地や建物を、ご家族の誰が所有することになるのか。株式の話とあわせて、ここまで決めておくと、会社が使い続けるための話合いも進められます。当事務所では、事務所や工場などの相続登記と、会社の役員変更登記をあわせてご相談いただけます。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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