代表取締役が交代したとき、変更登記さえ済ませれば手続きは終わりなのでしょうか。実は、登記が完了しただけでは、会社実印まわりの手続きはまだ終わっていません。会社の実印そのものは同じものを使い続けられますが、新しい代表者の名前で印鑑証明書を取得できる状態にするには、新代表者が法務局に会社実印を改めて届け出る必要があります。これをしておかないと、銀行手続きや不動産取引で必要な書類がそろわないからです。本ブログでは、代表取締役の変更登記と同時にやっておきたい印鑑届と印鑑カードの手続きについて、わかりやすく説明します。
印鑑届出とは
印鑑届出とは、会社の実印を法務局(登記所)にあらかじめ登録し、印鑑証明書の交付を受けられるようにする手続きです(商業登記規則9条)。かつては商業登記法20条により、株式会社が登記を申請するときは印鑑の届出が義務でしたが、2021年(令和3年)2月15日の改正で同条が削除され、オンライン申請の場合は届出が任意になりました。ただし、書面(紙)で登記を申請する場合や、委任状を書面で作成する場合は、あらかじめ登記所に届け出た印鑑を申請書・委任状に押す必要があります(商業登記規則35条の2)。オンライン申請であっても、会社実印の印鑑証明書を取得したい会社にとっては、実務上いまも届出がほぼ必須の手続きです。完全オンライン申請のときに印鑑届をどう出すのかは、この記事の後半でご説明します。
代表取締役が交代したら、なぜ届出をやり直すのか
印鑑証明書は、「誰が」届け出た印鑑かとセットで管理されています。会社の実印そのものは変わらなくても、届出をしているのは前の代表取締役なので、代表者が交代した時点で、その印鑑証明書は新しい代表者の名前では発行してもらえません。新代表者が改めて印鑑届書を提出し、自分が会社の代表者として実印を届け出た、という状態を作る必要があります。届出をしないままだと、銀行口座の名義変更や不動産の決済など、会社実印の印鑑証明書が必要になる場面で足止めを食うことになります。
代表取締役の変更そのものも、変更が生じた日から2週間以内に登記をしなければなりません(会社法915条1項)。印鑑届は登記の申請と同時に、あるいはそれより前に法務局へ提出できるので、変更登記の準備をするタイミングで一緒に片づけてしまうのが実務上のセオリーです。
印鑑カードは前任者のものを引き継げるのか
印鑑証明書の交付を受けるには、印鑑届書とは別に「印鑑カード」が必要です。この印鑑カードは会社ではなく「印鑑提出者」、つまり届出をした個人に紐づいて発行されます。そのため、代表取締役が交代すると、前任者名義の印鑑カードはそのままでは新代表者が使えません。
対応は2通りあります。ひとつは、印鑑届書に前任者の印鑑カード番号と氏名を記載して引き継ぐ旨を届け出る方法です(商業登記規則9条の4第3項)。この場合は新しくカードを作らずに、前任者のカードをそのまま使い続けられます。注意したいのは、この申出は印鑑の届出と「同時」に行うことが条件で、印鑑届書の引継ぎ欄に記載せずに提出してしまうと、あとから引き継ぐことはできない点です。もうひとつは、印鑑カード交付申請書を法務局に提出して、新代表者名義のカードを新規に発行してもらう方法です。前任者のカードが手元にない、あるいは退任した人にカードを持たせたままにしたくない、という場合は、新規交付を選ぶ会社が多い印象です。どちらの方法でも、印鑑届出と印鑑カードの交付そのものに手数料はかかりません。
印鑑届出を完全オンラインで済ませるには
代表取締役の変更登記を、議事録や委任状にマイナンバーカードで電子署名をして申請する完全オンライン申請で進める場合、印鑑届はどうなるのでしょうか。印鑑の届出は、オンラインでする登記申請と同時に行う場合に限り、届書のPDFデータを申請に添付して提出できます(商業登記規則101条1項2号)。届出だけを単独でオンラインで出すことはできず、書面の委任状で代理人が申請する場合も、届出は従来どおり紙で提出することになります。
目盛り付きの専用様式に押印して、原寸大でスキャンする
オンラインで届け出るときの印鑑届書は、法務省が用意しているオンライン専用の様式を使います。ふつうの印鑑届書と違うのは、用紙のふちと押印欄のまわりに1cmごとの目盛りが入っている点です。法務局に届け出る印鑑は、辺の長さが1cmを超え3cm以内の正方形に収まる大きさでなければならず、スキャンしたデータからでも印影の実寸を確かめられるように、この目盛りが付いています。したがって、印刷は「実際のサイズ」または100%で行い、拡大や縮小をしてはいけません。印刷した様式をコピー機で複写して使うのも避けるよう案内されています。
その様式の押印欄に、これから登録する会社実印を鮮明に押します。電子印鑑や画像の印影は届け出られず、物体の印章で押したものに限られます。押印したら、拡大も縮小もせずに原寸大のまま、600dpi程度の解像度でスキャンしてPDFにします。解像度が低く印影が不鮮明だと登記官が判断した場合には、原本の提出を求められることがあります。
できあがったPDFに、印鑑提出者である新代表者本人がマイナンバーカード(公的個人認証サービスの電子証明書)で電子署名をし、変更登記の申請データに添付して法務局へ送信します。司法書士が代理人として届け出る場合でも、この電子署名は代理人ではなく印鑑提出者本人が行う扱いです。
新代表者個人の印鑑証明書が不要になる
書面で印鑑を届け出るときは、印鑑届書に新代表者個人の実印を押し、市区町村長が作成した印鑑証明書を添付します。これに対して、オンライン専用の様式には個人の実印を押す欄がそもそもありません。本人がマイナンバーカードで電子署名をすることが、個人の実印と印鑑証明書の役割を果たすからです。そのため、変更登記を完全オンライン申請で行う場合には、司法書士が本人確認のためにお預かりするといったケースを別にすれば、新代表者個人の印鑑証明書を用意していただく必要そのものがなくなります。
印鑑カードの交付申請だけはオンラインでできない
ここまで読むと、代表者の交代にともなう手続きはすべてオンラインで完結しそうに見えますが、ひとつだけ注意点があります。前任者の印鑑カードを引き継ぐ場合は、オンライン専用の様式にも引継ぎの欄があるので、印鑑届と一緒にオンラインで済ませられます。しかし、新しく印鑑カードの交付を受ける手続きは、オンラインでできる手続きの中に含まれていません(商業登記規則101条1項)。前任者のカードが手元にない場合や、会社を設立したばかりでカードが一枚もない場合には、印鑑カード交付申請書に届け出た会社実印を押して、法務局の窓口に持参するか郵送で提出し、カードの交付を受ける必要があります。
つまり、届出そのものはオンラインで完結しても、印鑑カードを新規に発行してもらう場面では、会社実印を押した紙を法務局に出す工程が残ります。会社実印をまったく押さずに、完全オンラインだけで印鑑カードの交付まで受けることは、現状では難しいと考えておいてください。会社を設立するときの流れは、「完全オンラインで会社を設立したとき、印鑑届と印鑑カードはどうなる?」で詳しく説明しています。
オンライン専用様式のダウンロード
法務省が公開しているオンライン専用の印鑑(改印)届書の様式です(2026年9月時点のもの)。A4用紙に「実際のサイズ」で印刷し、目盛りが正しく1cm間隔になっていることを確かめてからお使いください。様式の改定や詳しい注意事項は、法務省の案内ページで最新のものをご確認ください。
期限
| 手続き | 目安 | 根拠 |
|---|---|---|
| 代表取締役の変更登記 | 就任・退任の日から2週間以内 | 会社法915条1項 |
| 印鑑届出 | 法律上の期限なし(登記と同時が実務上の目安) | 商業登記規則9条・35条の2 |
| 印鑑カードの引継ぎ | 変更登記と同時に提出する印鑑届書で申出(印鑑の届出と同時が条件) | 商業登記規則9条の4第3項 |
| 印鑑カードの新規交付 | 交付申請書は登記申請と同時に提出できる。カードの受取りは登記完了後 | ― |
必要になる書類
必要になる書類は次のとおりです(新代表者本人が印鑑届をする場合)。
- 印鑑届書(届け出る会社実印と、新代表者個人の実印を所定欄に押印したもの。書面で届け出る場合)
- 新代表者個人の印鑑証明書(市区町村長作成、作成後3か月以内)
- 印鑑カード交付申請書(新規にカードを作る場合のみ)
- 委任状(司法書士など代理人に依頼する場合)
登記申請書に添付した個人の印鑑証明書を、印鑑届書の添付書類としても使うことを「援用」といい、印鑑届書にはそのための欄が用意されています。援用できるときは、印鑑届書に別途印鑑証明書を添付する必要がありません。印鑑届やカードの引継ぎは、会社が自分で手続きすることもできます。変更登記の添付書類や押印の要否、援用の扱いまでまとめて確認したい場合は司法書士に依頼すると準備を進めやすく、その場合に新代表者本人が個人で用意するのは実印と印鑑証明書だけ、というケースがほとんどです。
なお、代表取締役の変更登記を申請してから完了するまでの間は、会社の登記事項証明書や印鑑証明書が発行されない期間があります。銀行や取引先へ印鑑証明書を提出する予定がある場合は、登記が完了するタイミングを先に確認しておくと安心です。
銀行の代表者変更手続きや許認可の変更届は、法務局の手続きとは別に進める必要があります。詳しくは以下のよくある質問でご確認ください。
よくある質問
司法書士からひと言
代表者交代のご相談では、変更登記だけを気にされて、印鑑届と印鑑カードのことは登記が終わってから慌てて連絡をいただく、というケースをよく見かけます。銀行の担当者から「印鑑証明書をください」と言われて初めて、まだ新代表者名義の届出をしていないことに気づく、という流れです。
変更登記の委任状をいただく段階で、印鑑届書と印鑑カードの引継ぎもまとめて準備しておけば、法務局とのやり取りをぐっと減らせます。代表者が交代するタイミングでは、登記そのものより、その後の実印まわりの段取りのほうに手間がかかることが多い、というのが実感です。ご依頼をいただく際は、変更登記と印鑑届・印鑑カードの引継ぎをまとめて片づけることをおすすめしています。
司法書士 石本憲史(大阪司法書士会所属 登録番号 大阪第4973号)
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